北川辺発 山中翠谷書作展
会期 2023年8月11日〜13日
会場 埼玉県加須市北川辺文化・学習センター「みのり」
昨秋東京で個展を開いた山中翠谷が2023年8月、故郷の埼玉県北川辺(加須市)で個展の受賞報告を兼ねた帰郷展を開いた。
山中は、少字数書を現代書の代表分野の1つに育て上げた手島右卿の直弟子。独立書人団の中核書人の1人だ。昨秋の個展は得意の少字数書を中心に詩文書などを交え全23作品を出展。これを評価されて2023年夏、毎日書道顕彰(芸術部門)を受賞した。
今回の帰郷展は、地元の同級生や書道教室のメンバーらが中心になり、地域住民にも作品を鑑賞してもらおうと企画運営した手造りの展覧会。昨秋の個展の全作品に加えて、自らの書道人生の節目となったという3点を追加出展していた。
個展作品の題材は、両親に感謝する「親」、夫婦仲の理想形「静好」など家族への思い。「烏涕」「多士済々」、盟友の雅号でもある「蒼穹」など良き書道仲間の存在。「更始」「順心」「逞」など自らへの戒め、の3つに大別される。
意先筆後。吟味された言葉が並ぶ。その題材はほとんど自身の私的心情を取り上げており、手造り展覧会という事情と相まって和やかな会場風景がもたらされていた。ただ、慶事、災難は問わないが、社会現象を少字数書で表現するダイナミズムが少し見たかった。
「コロナ禍が長引き、今やらねばいつできるという思いから、個展開催を決意した」という心持ちから、内向きの表現に絞ったのかもしれない。ただ、右卿門下の第一線の書人だけに、今の混迷の時代をどう切り取って表現するのか。1、2点は見てみたかったと思ったのだが……。
もちろん、個別の作品の表現手法には細心の注意をはらっていたと感じる。1点1点の構成は余白を含めて見事に調和がとれていたし、独立書人団らしく少字数書では篆書、草書の書体をベースに線質や墨色に腐心しながら造形美を組み立てていると映った。
さらに今回の帰郷展では、自身の人生の転機となったという3点を追加したが、中でも「愕」は見逃せない迫力があった。師が急逝した際の心境を表現したもので、墨色、線質が相まって立体的かつ、豊かな情感に溢れていた。
この書は金子鷗亭が「未完成だが、将来楽しみ」と評し、1989年の第41回毎日書道展で会員賞を受賞した作品だ。折しも山中は2023年の夏、独立書人団の理事長に選任され、名門団体の舵取りを任されることになった。
日本の書は、デジタル化や少子高齢化で難しい時代を迎えている。山中が一書人として、また社中のリーダーとして、巨人右卿の思いをどう継承するかも注目される。
(書道ジャーナリスト・西村修一)
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