文房四宝の学習所・研舎を主宰する著者が、
長年の研究を通じて得た「文房四宝こぼれ話」を披露します。
ときには、「文房四宝こぼれ話」の、さらなる「こぼれ話」になることも?
連載をはじめてお読みいただく方は、最初に「前説」をご一読のほど。
文房四宝の学習所・研舎を主宰する著者が、長年の研究を通じて得た「文房四宝こぼれ話」を披露します。ときには、「文房四宝こぼれ話」の、さらなる「こぼれ話」になることも? 連載をはじめてお読みいただく方は、最初に「前説」をご一読のほど。
第6回 東海寺と2つの利休碑 その1 利休居士石浮図碑
「こんな拓本があるんですが、何かわかりますか?」
ある日、こんな問いかけとともに、碑文の拓の画像が送られてきた。聞けば奈良の旧家にあったものだという。なかなか凝った雙龍が彫られたその碑は、ぱっと見中国風なのだが、タイトルが「利休居士石浮図」と純和風、日本のものだとお里が知れる。
このタイトルでググれば、幸いなことにすぐ見つかった。品川の清光院というお寺に今も現存している。ならば、とにもかくにも現物を拝みに行くかということで、お寺へ電話をかけると、「庭に建っていますので、ご自由に見ていってください」と気軽にお応えいただいた。ちょうどお盆の頃で、檀家の方々のお墓参りに紛れて山門をくぐり、少し進んで本堂前まで来ると、一目でそれとわかるところに佇んでいた。
拓本はきれいな状態のものだったのだが、現存するその碑は戦争中に焼夷弾にでもあたったのか、2か所ほど弾痕状に穿たれている。ふーむ、なんとも言いようのない感覚に陥りながら、吹き出す汗をハンカチで拭いつつ、しばし碑に見入った。
利休居士石浮図銘/前大徳見琳光賜紫沙門宗旭萬輝篆額/居士朝隠楽曠肆情胸腋無滓肌骨清執藝侍殿/造器獻 廷避榮栄至逃跡跡形爰想徳軌用頌/芳聲鐫石立塔内不遺霊/国子祭酒朝散大夫藤原朝臣信言製文/大学生 平 鱗集/晋右将軍王義之書/明和丁亥春二月廿八日 黙雷庵孤峯宗雪建
かつて、品川には萬松山東海寺という巨刹があった。紫衣事件で遠流となった沢庵宗彭(1573-1646)、彼が許された後、3代将軍徳川家光と面談するに及び状況は一変、将軍様の深い帰依を受けるようになって、是が非でも和尚を手元に置きたかった将軍様は、その住居として江戸に広大な土地を与えた。とどのつまり、それが15万7千平方メートル余り、計算すると東京ドーム3個分余の寺域を持ち、塔頭が17院にも及んだという東海寺。
徳川家と所縁が深い東海寺は、それ故に、明治の廃仏毀釈の荒波をまともに受けた。塔頭のいくつかが辛うじて単独の寺院としてのこったものの、あらかたが廃寺となってしまった。清光院は、残った塔頭の1つ。しかし、この碑が元々建っていたのは琳光院という別の塔頭で、こちらは廃寺になっている。おそらく珍しい碑だった故に、清光院へ移されたものだろう。確かに、碑文に目をやると、その貴重さがよくわかる。
篆書の題字は、大徳寺370世の萬輝宗旭(1705-1783)が書し、本文は昌平坂学問所を仕切る時の大学頭・林鳳谷(1721-1774)が選び、その弟子であり、書で名を馳せた澤田東江(1732-1796)が王義之の字を集めて記すという、当時の錚々たるメンバーが終結。そして、資金を出した建立者は、江戸千家を作った川上不白(1719-1807)。建碑の年の明和丁亥は4(1767)年で、師の如心斎(1705-1751)の「江戸で千家の茶道を広めたい」という意を受けた不白が出府した寛延3(1750)年から、17年程経った時期。おそらく、千家茶道の江戸普及に大いなる手応えを得ていた彼が、万感の思いを込めて建てたのだろう。建碑当時は、大層話題になっただろうし、件の碑文の拓は、その際にお祝いがてら関係者へ配布されたものに違いない。
思うに、現代でも茶道関係で話題になってもよさそうなものだが、1つ困ったことは、碑が建った由来の「利休居士石浮図」が何か、まるで判らないことだ。あるいは、天然石に利休居士のお姿でも浮かび上がっていたものか? 碑文の内容には、何の答えも記されていないし、元々あった琳光院が廃寺になっているので、確かめようがない。
ちなみに、碑の裏には後になって、川上不白の顕彰文が刻まれている。
宗雪叟性好茶理信利休居士之道受業如心斎倡諸東都貴賤/傾慕雖文天之時盖莫過焉今也深感居士盛徳立石萬松之上/以遺於永世並啻居士不朽嗚乎亦叟之不朽哉銘曰/黙雷之響歴刻不休以續令緒厥徳時侔/武蔵 珉里源和萬識/江 幹 集/元趙子昂書
こちらは内容的に問題とするところは無いが、刻字した人々についてはよく判らない。いずれ不白の弟子たちなのだろうが、その手の知識に疎い筆者には見当がつかない。それにしても、魏晋へ帰れが合言葉だった澤田東江、自らが認めた碑の裏面に、元の趙孟頫の字が刻まれることを、あの世でどう思っていることだろう。
*掲載資料(拓本)は個人蔵