墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。
書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。
大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。
墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。
vol.1 「蘭亭序」は鼠鬚筆で書かれた
中国・東晋の王羲之(おうぎし)は「書聖」として尊重され、なかでも「蘭亭序」は、書を学ぶ誰もが習う古典です。臨本や拓本でしか残されていませんが、失われた原跡の「蘭亭序」は、いったいどのような筆で書かれていたのでしょうか。唐の何延之(かえんし)の「蘭亭記」(張彦遠編『法書要録』所収)によれば、鼠鬚筆(そしゅひつ)を用いて、蚕繭紙(さんけんし)に書かれたとされています。
鼠鬚筆は、字面の上では、鼠(ねずみ)の鬚(ひげ)の筆ということになりますが、鼠が、今日いうところのネズミのことなのかはわかりません。栗鼠(りす)の尾っぽの毛だったのではないか、ともいわれています。ちなみに蚕繭紙も、字面としては、蚕(かいこ)の繭(まゆ)からとった絹糸で作られた紙のように思えますが、実際のところははっきりしていません。
田淵実夫『筆』(法政大学出版会)を手にとると、「王羲之は好んで鼠の髭で作った鼠鬚筆を用い、蘭亭序はこの筆で物したとの伝えがあるが、事実とすれば鼠鬚筆は弾性が大きく、行・草を書くのにふさわしかったからだろう」と書かれたくだりが目にとまります。特に選んで鼠鬚筆が使われたのだとすれば、「蘭亭序」のような行書や「十七帖」のような草書を書くのに適した特徴を持つ筆だったからではないか、と推理しているのです。
王羲之だけではなく、後漢の張芝(ちょうし)や三国・魏の鍾繇(しょうよう)も鼠鬚筆を用いていたとする文献もあります(呉淑『事類賦』)。張芝は草書にすぐれて「草聖」と呼ばれ、鍾繇は隷書や楷書、そして行書をよくしたと伝わっています。
(協力/栄豊齋)
◉商品のお問い合わせ
栄豊齋(電話 03-3258-9088)
◉参考文献
宇野雪村『文房古玩事典』(普及版、柏書房、1993年)
田淵実夫『筆』(ものと人間の文化史30、法政大学出版会、1978年)