Instagram展開中! 西村修一のShodo見て歩き vol.9 遠藤彊篆刻展 ──丁男少少 ── 

遠藤彊篆刻展 ──丁男少少 ──
会期 2024年5月2日〜5日
会場 セントラルミュージアム銀座

 篆刻家、遠藤彊が東京銀座・セントラルミュージアム銀座で3回目の個展を開いた。關正人創設の扶桑印社を、關の右腕としてまとめてきた遠藤の今回の展観は、単に篆刻作品を展示するにとどまらず、2つの仕掛けを伴っていた。それは篆刻界ならずとも、注目されていい実験、試みだったと私は思う。

 1つ目の仕掛けは、会場に入るとすぐに視界に飛び込む刻印の展示方法だ。書道展での篆刻作品というと、机上に印譜の小額や印面を見せる手法が大半だ。しかし、遠藤は大きな額に、印影とともに印と同じ文字の少字数書を大胆に記した作品をずらりと展示して、広い会場壁面を埋め尽くしていたのだ。

会場風景
印影とともに印面も展示
刀法の迫力を感じる

 同様の作品は、もう10年ほど前の毎日書道展から出品しており、遠藤に近しい書家から「これは篆刻作品?」「書家への刺激?」などの声も聴かれた。しかし、本人は意に介さずにこのスタイルを続け、今回の個展では本格的に展開してみせたのだ。

 遠藤本人に言わせると、印はとかく書画の従者として落款印に使用されたり、展示にあたっても机上陳列が多かった。そういう従来方式での発表に物足りなさを感じていたため、「視覚芸術として一歩でも二歩でも理想に近づけるように思考、研鑽を重ねた」と語る。

 実際、印は今回のテーマ「丁男少少」に見られるように、押し引き自在の刀法による強靭な線と、呉昌碩、そして關の流れをくむ、台形の組み合わせを伏線にした独特の造形美が見て取れる。

丁男
6×6
丁男少少
洗心
6×6
洗心

 篆刻作品は一寸の方形の中で刻されることから、「方寸の世界」と呼ばれている。しかし、辺縁(印文の外枠)を欠いてみせることで作品の可能性が拡がることも、よく知られている。遠藤は一部の作品で、この辺縁の広がる方向と少字数書とを、巧みに響き合わせることで、独特の空間構成を演出したように思われる。

如響
9×5.5
北魏の造像記の拓を印と組み合わせる手法も、遠藤氏ならではの表現世界

 印と書の響き合い。それを試行できるだけの書道人生を遠藤は辿ってきた。

 小学4年のころから、故郷山形で書道を始めた遠藤は、「書道の教師なら教育大か学芸大、書家を目指すなら大東」という二択から大東文化大学を選んだ。もっとも「山形での書の学びは、東京では昼寝程度のものだった」と笑う。入学して間もなく、熊谷恒子の授業で「私は下手で下手で、毎日筆を持たないと心配。だから毎日筆を執り、料紙に向かう」という話に18歳の青年は大いに感激したそうだ。

 同じように、現代書の代表作家のひとり、徳野大空にも書人の在り方を学んだという。「徳野先生は毎朝、朝食前に蘭亭序を全臨していた。高名な方でも、そういう姿勢なのだ」と。徳野の「書を現代の視覚芸術のひとつにする」という理念にひかれて、遠藤は徳野の玄潮会に入った。このとき、徳野のモダンな少字数書に心酔し影響を受けたことは想像に難くない。

 ところが、徳野は1974(昭和49)年に60歳の若さで急逝する。一方、遠藤は我流で続けていたという篆刻で、1977(同52)年に当時の日展に初入選した。篆刻に方向性を絞った遠藤は、玄潮会の2代目会長、黒澤春来から当時篆刻界で注目されていた關正人を紹介され、師と仰ぐことになった。名匠、關のもとで、遠藤は古代文字の研究の奥深さ、そして草稿、印稿をじっくりと作り上げる篆刻の魅力も改めて知ることになった。

 「徳野先生に筆を持つことでの飛躍、關先生に篆刻による審美眼を鍛えていただいた」。遠藤が篆刻作品と小字数書による新しい視覚芸術を目指す下地はこうして育まれたのであった。

会場での遠藤氏(右端)
連日賑わいを見せた会場

 さて、遠藤が今回の個展で、「自分にしかない見えない美」を追究するのと合わせて、もう1つ試みたのは、「書道文化の伝承」の一助だった。実は個展の会期の前半3日間、会場を無償で提供。「篆刻東西交流展」と題し、会派を越えて全国から172人の若手篆刻家(55歳以下)が作品を寄せ、発表の場、交流の場が作られた。展覧会は盛況だった。

 遠藤らがまだ若いころは、例えば関西の梅舒適門の若手の門弟らと交流があった。「これは作品制作や書学研究の上で大変刺激になったが、いまは、交流が少ない」という。ただし、若手を刺激するのは、単に交流だけが目的ではない。「文字に対する文化をなくしてはいけない。筆墨硯紙も大切にして書道文化の継承をしないと、書は三流、四流の芸術になってしまう」。そんな危機意識を次世代に伝える意思の表れなのだ。

 現在、遠藤が代表を務める扶桑印社が第1回展から毎年、古書などの企画展示を続け、今年毎日書道顕彰(啓蒙賞)を受賞したのも、この思いと無縁ではないだろう。

 「丁男少少」(もう少し血気盛んな男でいたい)。遠藤のこれからに、関心を寄せ続けたい。

(書道ジャーナリスト・西村修一)

遠藤彊(えんどう・きょう)
1946年 山形県生まれ
1969年 大東文化大学卒
1989年 日展特選 (2000年2回目)
2003年 毎日書道展文部科学大臣賞受賞
2015年 毎日書道会理事、扶桑印社代表

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