生誕100年 小山やす子展
会期 2023年10月21日〜12月17日
会場 千葉県成田市・成田山書道美術館
小山やす子の生誕100年展が2023年の秋、成田山書道美術館で開かれた。
昭和から平成にかけて平安朝のかなの美を基に、独自の現代かなの世界を創り上げ、女流書家で初めて文化功労者に撰ばれた小山。その若き日の話題作から直近の秀品までを数多く集めたという遺墨展だけに、足早に訪れた。
美術館に入ると、同館名物の縦13メートルの巨大な紀泰山銘の原拓が目に入るが、それ以外は小山の額、軸、屏風のかな作品で埋め尽くされている。2階も小山の師である川口芝香の小品以外はすべて小山作品で、陳列台には巻子や帖、短冊が所狭しと並べられている。
最も鑑賞距離がとれる場所には代表作のひとつ、伊勢物語屏風の大作が収まっていた。この作品は平成15年毎日芸術賞に輝いた六曲一双で、一隻で幅4.97メートル、高さ2.51メートルもある。右隻は、雪で折れた開花直前の梅の枝で染めた薄紅色の和紙に、6段にわたって細字で丹念に書き込まれている。
単調に見えないようにするため、文字の大小、線の肥痩、散らし具合や余白の取り方などに細心の注意を凝らしたように見える。同じサイズの左隻は藍の生葉染めという、これまた手をかけた紙に丁寧に書き込んでいて、まるで一大交響曲の楽譜を一挙に全部貼り出したようだ。
古典文学を長文のまま、細字でしっとり、かつ息長く書き綴っていく。そして料紙造りや表装にまで目配りを効かせて作品全体を組み上げていく。こうした制作姿勢は、民芸風の住まいや服装、身嗜みに拘った独自のライフスタイルと相まって、後に「やす子スタイル」と呼ばれることになる。
ここに至るまでには、小山の持って生まれた芸術センスと、人一倍の努力があったのは言うまでもない。女学校まではデッサンや水彩画、さらに油も手にして、絵画の才を見せていた小山。日本中が終戦で喪失感に包まれている中、古寺巡りや古美術に触れ、ある茶席で床の間にかかっている軸を見て、一気に書にのめり込んだという。
師の川口との出会い、その育て方も小山にあっていたのだろう。関戸本古今集などを数えきれないほど書き込む「仮名先習」で、めきめきと腕をあげた。ちょうど関西では大字かな運動が盛り上がっていたが、それとは一線を画す自由な作風で、大字かなにも取り組み主要な展覧会で売り出していった。
この間、小山が水鳥のように水面下で努力を重ねたことは門人らの証言からも明らかだ。古典はもちろん、近現代の能書家の気になる文字を切り集めて集字アルバムを作っていく。一方で「有名な古筆でもあれれ、という所もあるものです。しっかり観察しないと」と、古筆渉猟で確かな鑑識眼も養った。
小山はかつてギャラリートークで「失敗したと思っても、途中で書くのをやめてはいけない。立て直して続けることで学ぶことがある」と語っている。並々ならぬ根気強さ、執着心も併せ持っていたのである。こうして培った小山の書の道が、昭和の頃の大字かなから、平成の細字展開へと深化していき、「やす子スタイル」に結実したのではないだろうか。
(書道ジャーナリスト・西村修一)
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