Instagram展開中! 西村修一のShodo見て歩き vol.14 囬瀾書道会 企画展「明日へ向かって」青陵賞作家展・次世代作家展

囬瀾書道会 企画展
「明日へ向かって」青陵賞作家展・次世代作家展

会期 2025年6月6日~11日
会場 有楽町 朝日ギャラリー

 漢字の名門、囬瀾書道会が6月、東京有楽町の有楽町朝日ギャラリーで、企画展「明日へ向かって」を開催した。同展はベテランの「青陵賞作家展」と「次世代作家展」を併催するというユニークな構成で、「青陵賞」の受賞作家10名と次世代の選抜作家17名が競演。単なる作品発表ではなく、将来が危惧される日本書道の再浮揚の道を模索する新機軸の一つとしても注目された。
 囬瀾は、旧日本書作院の伝統系の書人が集って1952(昭和27)年に結成された。名誉会長に鈴木翠軒、中心となる会長は平尾孤往、副会長には津金寉仙、さらに赤羽雲庭、木村知石、國井誠海、近藤攝南、中台青陵ら錚々たるメンバーが揃っていた。囬瀾の名は、韓愈『進学解』の「狂瀾を既倒に廻す」(狂瀾於既倒)(衰えて亡びかけているものをもとに戻すの意)からの出典で、漢学者の土屋竹雨が名付けた。伝統系にふさわしい命名だ。
 創設メンバーはそれぞれ戦後の書壇で目覚ましい活躍をして見せたが、囬瀾としては新聞社系の大型公募展には属さず、独自で研鑽の道を歩んできた。そうした中、第4代の会長を務めた中台青陵は、書家としてのみならず、評論やジャーナリズムの分野でも活躍して、戦後書壇の再構築に大きな役割を果たしたといえる。
 その中台の功績を顕彰する意味も込めて、1972(昭和47)年に創設されたのが、同会本展の最高賞である「青陵賞」だった。今回の企画展はその実力を評価された青陵賞作家の練達の書と、次世代での活躍を期待される精鋭たちの新作を揃え、囬瀾の書の到達点を世に問う試みにもなった。

 さて、青陵賞作家の作品から鑑賞していこう。川嶋会長は水色の暖簾に「且坐喫茶」と認め、屏風仕立てにして会場入口を飾った。NHKの大河ドラマ「べらぼう」で、店々の軒先に暖簾がはためいているのを見て、作品化を思いついたという。次世代を担う若手の作品を「ゆっくりお茶でも飲む感覚で鑑賞してもらいたい」という期待感を具現化したわけだ。
 爽やかなデザインの外観に目が行きがちだが、実は渇筆を生かして夫々やや縦長に認めた4文字の字形が巧みで、すっきりした構成となっている。社中伝統の行草の筆遣いに長けた川嶋らしく、中字でも美しいフォルムを醸し出していたのがことに印象的だった。

川嶋毛古
「且坐喫茶」(禅語)
川嶋毛古
「且坐喫茶」(禅語)

 片芝理事長は2点出品のうち「舒逸」の2文字が目を引く。線は決して太くないものの、濃墨で紙面に食い込むような強い筆運びが見て取れる。前年、家人が大病するなど苦境の中で、精神的にゆとりを保とうという強い思いを表しているようだ。2点目の七言二句の小品は、書きなれた行草で、滑らかな筆致の快作になった。

片芝青邦
左:「池荷雨後衣香起…」(劉禹錫)
右:「舒逸」(王導)
片芝青邦
「池荷雨後衣香起…」(劉禹錫)

 副会長の松吉久美子のかな作品は藤本美智子の俳句2句。「浜昼顔……」の軸は、画数の多い漢字で始まるために重くなりがちなところを、リズム感のある筆運びで字粒も整え、料紙や軸の色味と合わせて軽やかにまとめている。「底ぬけの」の句は上下2枚に分けて構成し、ともに左辺にアクセントを作る散らしによって、妙味のある構成に仕上がった。

松吉久美子
左:「浜昼顔…」(藤本美智子)
右:「底抜けの…」(藤本美智子)
松吉久美子
「底抜けの…」(藤本美智子)

 同じく副会長の伊藤泰子は現代短歌の名手の一人、河野愛子を取り上げた。「鷺飛べば」の文節途中での行替えで、右下で抑えた「鷺」が、改行した左上の「飛べば」では渇筆を生かしながら伸びやかに認めており、飛翔感を醸し出したように見える。終筆に向けての収め方を含め、デッサンの段階からの見せ場つくりが奏功したのではないだろうか。

伊藤泰子
「夕空に…」(河野愛子)

 副理事長二人のうち、祖父江礼子は自作の句を横物に仕上げた。師である水野精一の作風を偲ばせる字形や構成とみたが、直線の多いカタカナをアクセントにしたり、季節感を取り入れたりして、風景の見えるモダンな作品になった。もう一人、髙見如秀は「夜帰」の七言絶句では、余白も生きるすっきりした筆運びを見せた。2点目の母親の短歌は、筆意は十分に伝わるのだが、詩文書としての構成を工夫すれば、もっと見る人を惹きつけられるのではないだろうか。

祖父江礼子
「顔のなきマネキン…」(自作)
髙見如秀
左:「林外月升頓路明…」(江馬細香)
右:「北方に…」(玉丸貴惠)
髙見如秀
「北方に…」(玉丸貴惠)

 常任理事の平尾由紀子の俳句は、「し」の入りを中央で息長く伸ばす一方、終筆は右下に収めるなど運筆、構図を面白く仕立てていて、印象深い作品だった。

平尾由紀子
「しなの路は…」(角川源義)

 青陵賞作家展はまだ続くが、この辺で、次世代作家に移ってみよう。
 まず、判澤秀年の「飛龍乗雲」。「明日へ向かって」のテーマにそった言葉であろう。濃墨で強い印象を残そうとしているのだろうが、一鑑賞者としては、もっと紙面を圧するくらいの筆勢を見てみたかった。「白帝城」は、巧みな行草だ。ただ文字の大小、太細の変化に拘り、流れが滞りがちに見えるのは筆者だけだろうか。

判澤秀年
左:「飛龍乗雲」
右:「朝辭白帝彩雲間…」(李白)

 次に篆刻の池田孝一。朱文、白文の2顆。朱文は右上辺と左下辺に太目の縁辺をつけており、左下辺が多少重いが、妙味のある作品となっている。一方、白文もオーソドックスにまとめている。ただ、2顆並ぶと、線の太さ、字体が近似しており、やや変化に乏しいとも感じてしまう。例えば、細線の朱文を見てみたかった。

池田孝一
左:「陶犬瓦鶏」(金楼子)
右:「心外無灋」(禅語)

 浅野荷香の寒山詩は2×6サイズに初めて挑戦したとか。寒山詩を書き慣れているせいか、文字間、行間も安定した4行ものに仕上がっている。一方、「霊美」は2文字の少字数だけに、落款も含めて、もう少しバランスに配慮しないと、言葉が素直に入ってこない気がする。

浅野荷香
左:「登陟寒山道…」(寒山)
右:「霊美」

 栗本眞崙の草書は、懐素、張旭辺りを連想させる作品だ。相当に書き込んだであろう、練度の高い運筆の力を感じる。こうした草書作品は最近少ないので存在感もある。作品のどこかに現代性、個性を感じさせる要素を入れてくれると、新鮮味が出てくるのではないだろうか。

栗本眞崙
左:「黑雲翻墨未遮山…」(蘇軾)
右:「間中酒静裏泉」

 𠮷田万由美は自詠の俳句2句。句の優劣は筆者には語れないが、意先筆後、こうした制作姿勢はとても好ましい。程よい崩しや墨色、「朴葉寿し」の料紙に浅黄色を選ぶなど、細やかな配慮も感じる。両作品の構図をもう少し変えると、さらに印象に残ると思う。

𠮷田万由美
左:「佛舎利を…」(自作)
右:「朴葉寿し…」(自作)
吉田万由美
「朴葉寿し…」(自作)

 このほか、漢字の加藤専谷が手にした李白の五言絶句はバランスの良い行草で、これからの展開が楽しみ。大川原爾水の行草も、師である川嶋の作風を感じさせるものがある。七言絶句の下辺で心持ち行が乱れているのが目につくので慎重に。かなでは、光野順も印象に残った。筆運びにリズム感を感じる。文字の潤渇、大小などでうまく変化をつけるともっと良かった。

加藤専谷
左:「牀前看月光…」(李白)
右:「醉月頻中聖…」(李白)
大川原爾水
左:「陽春不徳澤」(禅語)
右:「黄梅時節家家雨…」(趙師秀)
光野順
左:「低く居て…」(炭太祇)
右:「月よみの…」(良寛)

 さて、囬瀾書道会の企画展。全体としては、ベテランから中堅、若手と引き継がれる伝統と、川嶋を筆頭にみられる進取の気質が織り込まれた充実した展覧会だった。若手の作品に気になるところがあるということは決してマイナスではなく、さらに高みを目指せる余地があるということだろう。今後の健筆ぶりを注目していきたい。

(書道ジャーナリスト・西村修一)

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