松﨑礼文展「山」
会期 2026年7月28日~8月2日
会場 東京芸術劇場5階 ギャラリー1・2

360×1440
独立書人団の松﨑礼文が「山」に挑んだ。といってもヒマラヤの峻嶺やヨーロッパアルプスに挑戦したわけではない。「山」をテーマに、ほとんど山の字だけの大作群で初個展を開いたのだ。
会場は、東京・池袋の東京芸術劇場5階ギャラリー。早速訪ねてみると、第1室正面に巨大な作品がある。縦3.6メートル、横14.4メートルの超大作。右手前から左奥に向かって、雲海に浮かぶように甲骨文字の山が5つ連なり、山脈のような景観を見せている。題して「五山」。このギャラリーをご存知の方なら理解できると思うが、結構壁は高いのに、この作品は縦方向には入りきれず、斜めに陳列されている。それがまた、一段と迫力を増す効果をもたらしていた。

345×540
山の作品は全15点中、14点を占める。甲骨文字だけでなく、金文や篆書をルーツとし、題意も異なる作品が並ぶ。例えば、ひと山当てるの「一山」も壁面に入りきれない大作で、入筆時の墨のほとばしりに、ひと山当てたい強い思いを表した面構えにも思える。4幅で山の春夏秋冬を描いたという「山の四季Ⅰ」は、濃墨で屹立させ、狭隘な厳しい渓谷を思わせる造形だ。一方、「山の四季Ⅱ」では、淡墨を使い、斜線の傾斜も緩やかにして、穏やかな山々を連想させる。

240×60×4

180×92×4
私が気になったのは朱墨でさかさまになった山。これは湖面に揺れて映る夕焼けの山だそうだ。なるほど。ほかにも活火山や静かな山、遠い山並み、さわやかな夏山など、山の様々な表情を描くことによって、人々の様々多様な暮らし、人生をそこに投影させているようにも思える。

(朱墨)
180×180
壁面に入りきらなかった残る1点、唯一山の字を使っていない「蠟燭の……」の句は、実は松﨑の父で登山家、松﨑中正(ちゅうせい)が詠ったものだ。ただ、この句も冬山のテントの中で、近くの雪崩によってテント内の蝋燭の炎が揺れたという瞬間を切り取った作品で、山グループに入れていいのだろう。人生、いつ何時、何が起こるかわからないという警句でもあるのか。

340×547
さて、松﨑が山に取りついた遠因は、子供のころの父との山登りの記憶が一つ。さらに新潟大の恩師、野中吟雪ら書友と富士山などに登った経験が下地となっているという。松﨑が属する独立書人団は、もちろん少字数書をリードする団体だ。機会あるごとに少字数書に取り組んできた松﨑は、「ここ数年は、ひらがなや画数の少ない漢字で、単純化した中での最後のフォルムに憧れていた」こともあり、「山」の表現に帰着した。
中でも、超大作の「五山」に取り組んだ動機は明快だ。ここ数年、松﨑が属する独立の先人、手島右卿、上松一條らの大作に向き合ってきた中で、2025年夏の小林抱牛遺墨展で出会った超大作「誕生祭」が衝撃的だったという。「書け!といわれている」。そう思った松﨑は、すぐに勤務先高校の書道教室で、一人で墨すりから始め、重さ数十キロの大筆を使い、手伝いなしで「五山」を書き上げた。
なにしろ、来春に教職を退任するので、この教室を制作に使えるのはラストチャンス。思いのほか、気持ちが奮い立ったそうだ。そのうえ、個展用に制作したのだが、運よく2026年春の第74回独立書展にも出品できたので、多くの人に鑑賞してもらった、と相好を崩していた。
実は松﨑の父、中正も学生時代には豊道春海や尾上柴舟に手ほどきを受けた書人であり、祖父の春川(しゅんせん)にいたっては多くの門人を抱えた能書で、二代で収集した手鑑「濱千鳥」などは「青鳥居コレクション」として成田山書道美術館に収められているほどだ。
しかし、三代目の松﨑は中学までは卓球少年で、書は母親に習字として習った程度だった。高校で書道部顧問の澤江抱石に出会い、種々面倒を見てもらう中で書の面白さを知ることになる。大学卒業後も師事する澤江が独立の有力書人ということもあり、祖父や父とは異なる現代書の道を選んだのも自然の成り行きだったかもしれない。
ただ、今回個展に取り組んで痛感しているのは古典の修練だともいう。教職の忙しさにかまけて、基本となる古典臨書が足りていないと感じているそうだ。今一度古典からスタートするという松﨑。「書の歴史はまるで大きな山脈のよう。古典の臨書を山に見立てて、次々に踏破していきたい」。そう抱負を語る松﨑が次にどのようなテーマで、どのような作品を見せてくれるのか。それを待ちたい。
(書道ジャーナリスト・西村修一)
松﨑礼文(まつざき・れぶん)
1964年 埼玉県生まれ
1988年 新潟大学卒
2013年 毎日書道展会員賞受賞、都美企画展TOKYO書2013出品
2021年 独立書展会員特別賞受賞
2025年 埼玉30人展初出品
現 在 毎日書道会評議員、同会企画委員長、独立書人団理事
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