現在の高校では、どのような書道教育が行われているのでしょうか。
授業では? 課外活動では? 他教科との連携? 地域との連携?
複数の執筆者によるリレー連載の形式により、
「高校の書道教育の現在」を浮き彫りにしていきます。
現在の高校では、どのような書道教育が行われているのでしょうか。授業では? 課外活動では? 他教科との連携? 地域との連携? 複数の執筆者によるリレー連載の形式により、「高校の書道教育の現在」を浮き彫りに。
前回、前々回と、全日本高等学校書道教育研究会の
川崎特別大会(2024年8月開催)に注目し、大会全体の様子や、
その発表内容についてご紹介しました。
第5回は、仮名の書をテーマに、
授業や部活動の具体的な実践例にフォーカスします。
前回、前々回と、全日本高等学校書道教育研究会の川崎特別大会(2024年8月開催)に注目し、大会全体の様子や、その発表内容についてご紹介しました。第5回は、仮名の書をテーマに、授業や部活動の具体的な実践例にフォーカスします。
第5回
仮名の書の実践
文/若松志保(鹿児島県立国分高等学校)
高等学校の書道教育において仮名の書を学ぶことは、単に文字の書き方を習得するだけでなく、日本文化への理解を深め、伝統的な美意識を育むためにも重要です。
私が担当する書道Ⅰの授業では、仮名の成立と発達、蓬萊切や高野切第三種、そして三色紙を用いながら、仮名の書とはどのようなものなのか、鑑賞と表現を織り交ぜながら学んでいきます。続く書道Ⅱでは、三色紙の学習で散らし書きについて学びを深めた後、高野切第一種などの古筆を基調とした創作に取り組みます。また、簡単な料紙加工を試み、手作りの料紙に創作することもあり、生徒たちはそれぞれの表現意図を大切にしながら、独自の表現を探っていきます。
この春(2024年)に転任したばかりですので、前任校の鹿児島県立鶴丸高等学校での経験を中心に、最新の取り組みも加えて、料紙加工を取り入れた創作学習の実践例を紹介しようと思います。

図1は、書道Ⅱの授業作品です。これまで小倉百人一首をテーマに、短冊や色紙、継ぎ紙のカルタなどさまざまな料紙を用いて創作を行ってきましたが、この授業では、近衛信尹の檜原図屏風や本阿弥光悦の舟橋蒔絵硯箱に着想を得て、和歌の一部を文字ではなく絵で表現するというルールのもと、創作を行いました。
生徒たちはまず、書と美術・工芸との関わりについて学び、続いて小倉百人一首が書かれたさまざまな古筆を鑑賞します。その後、お気に入りの和歌を選び、その中でどの部分を絵で表現するかを考えながら、古筆のコピーや字典を用いて散らし書きの草稿を作成します。図1の歌は、小倉百人一首4番、山部赤人の「田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」で、「富士の高嶺」の文字が省かれています。
型ぼかし染めや下絵を描く工程では生徒同士で対話することが多く、用具・用材をどのように使えばうまくいくか、この表現方法で見る人に伝わるかなど、相談したり教え合ったりしていました。その過程を経て丁寧に作られた料紙を無駄にしないよう、書の表現にも一層工夫を凝らすようになり、何度も推敲や相互批評を重ねる姿が見られました。
文化祭で展示された扇子には、それぞれの個性が映し出され、見て楽しい作品に仕上がりました。

図2はアメリカからの留学生による作品で、団扇に墨流しや箔加工、型ぼかし染めの技法を駆使し、思いを込めて表現したものです。生徒自身でデザインを考え、ぼかし染めの型も手作りのものです。この生徒は「魚に関する諺を仮名のような柔らかなイメージで書きたい」と考え、英語と日本語の両方で諺を検索し、「今の自分にぴったりだ」とこの諺を選びました。書体字典の見方や用筆を教えると、自ら集字して草稿を作り、試行錯誤を重ねて主体的に学んでいきました。その姿に周りの生徒たちも影響を受け、尊敬のまなざしで自分の作品についてのアドバイスを求めたり、互いの作品について感想を述べ合ったりしていました。完成した作品はホストファミリーへの贈り物となり、大変喜ばれたそうです。
次に紹介するのは部活動における実践例で、図3と図4は同じ生徒が書いた作品です。この生徒は、授業では美術を選択し、書道については初心者でしたが、幼少期から昆虫標本作りに親しんでおり、細やかな作業に長けていました。その観察眼は仮名の書にも通じ、字形や墨色の変化を繊細に捉えることができました。
仮名をいろはから学び、高野切第三種の臨書を経て、まずは図3の制作に取り組みました。この作品は、蜻蛉採集の体験を綴ったもので、波模様の唐紙と緑色の染紙で作った継ぎ紙の扇面は、蜻蛉が生息する川や緑をイメージして作られたものです。一枚ずつ異なる種類の蜻蛉の絵を描き、七種の蜻蛉の採集記を高野切第三種の書風による漢字仮名交じりの書で書いています。額装する際は扇面の配置を工夫して、川の流れを表現しました。

次に取り組んだのが図4の制作です。女王蜂の一生について書いた随筆を「蜂生記(ほうじょうき)」と題し、古語辞典やアプリを用いて現代文から古文に訳し、国語科教員から添削指導を受けて文章を作りあげました。その後、連綿字典や和様字典を使って丁寧に草稿を作るうちに自然と変体仮名も読めるようになり、蜂の下絵の料紙に高野切第三種の書風で書かれた作品は、約2.5メートルの巻子になりました。
どちらの作品も文章は自身の体験を元に綴られており、昆虫についての幅広い知識と熱い思いが伝わるオリジナル作品となりました。制作過程で生物や国語、美術などの多様な教科を関連付けながらコツコツと学びを積み重ねていく姿は、まさに探究学習そのものでした。

図5は書道部の生徒たちの共同制作で、近隣の小学校で行われた地域の文化祭に出品したものです。このようなイベントでも、日ごろの個々の制作同様、生徒たちがテーマ選定から作品完成まで、すべてを自主的に取り組んでいくことが習慣となっています。制作意図について対話を重ね、下絵や構成、書風について、何度も書いてみては話し合うことを繰り返し、徐々に皆の考えがまとまっていきます。仮名の経験が浅い生徒には教え合いながら作品を完成させました。

最後に、授業と部活動で約2年間仮名の書を学んだ生徒が、高校3年生時に書いた作文を紹介します。
(前半省略)
仮名はよく音楽に例えられる。一つの音符が一音を表すのと同じように、一つの文字で一つの音を表し、文字が連なることで初めて言葉の意味を成す。また、強弱や速さも共通する。意識一つで筆先は針のように硬くもなり、紙に食い込みもする。古典を臨書する際は、字形だけでなく、書家の墨継ぎや書く速さも研究して、千年も前の人と息を合わせるように書く。墨の濃淡やかすれによって字が紙から浮かび上がり、立体的な作品に見える。まるで日本庭園を造っているようだ。計算していないようでし尽くされた、丹精を込めて手入れされた自然の美は、鑑賞していると日本人で良かったとしみじみ思う。
唐紙や継ぎ紙など、先人の技術と風流心が詰まった色とりどりの紙を一面に広げると、日本の春夏秋冬を一望しているような華やかな気分になる。今年、年賀状で継ぎ紙を作ってみて、相手のことを考えて紙の色を組み合わせて言葉を選ぶ時間はこんなにも心が躍るのかと新鮮な気持ちだった。
仮名と出会ってまだ三年経っていない私には、まだまだ知らない事が沢山ある。それでも、一目惚れして書きたいと思う文字に出会い、繰り返し練習するにつれ、平安時代の書家のくせを発見して親しみを覚え、文字をとおして人柄を知っていくような体験はわくわくするものだ。文字を書く時間は自分と向き合う時間でもあり、書いた文字を見て心の状態に気づくこともあった。本当に字は人を映す鏡だと思った。メールでハートの絵文字をいくら重ねても、相手を想って選び抜かれた紙と花、そして三十一文字には敵わないような気がする。
今回紹介した作品には、すべてに独自のストーリーがあり、生徒たちにとっても私にとっても、忘れられない学びの瞬間が詰まっています。書道は、古典と対話し、多様な人々と協働することで、自分自身を見つめ直し、他者の視点を取り入れながら新たな学びを発見する探究の場です。これからも、生徒たちと共に新しい学びの世界を開いていけることを心から楽しみにしています。
(2024年8月執筆)