観覧レポート【5月10日まで開催中】國學院大學博物館「和の硯-SUZURI-」

チラシ(表)

佐野光一コレクション 企画展「和の硯-SUZURI-」
会期   2026年3月7日(土)~5月10日(日)

会場   國學院大學博物館
開館時間 10時~18時(最終入館17時30分)
休館日  毎週月曜日(祝日は開館)、4月28日(火)・30日(木)~5月1日(金)は休館

 國學院大學博物館で2026年5月10日(土)まで開催の「和の硯」展(既報)。硯のまとまった展観も珍しいことであるが、日本の硯にスポットをあてるとはさらにマニアックな内容だ。
 キャッチコピーには「日本の硯 約200点!」とあり、硯200面が並ぶ様子を考えたら、地味なのか派手なのか、じわじわと見たい気持ちが高まってくる。そこで4月初旬、初々しい入学生たちで賑わう渋谷の國學院大學へと向かった。

渋谷の國學院大學に併設される博物館

 本展は國學院大學教授をつとめた故佐野光一氏(1950~2017)のコレクションをもとにした展示。『木簡字典』(雄山閣出版)で知られる佐野氏は簡牘類のほか、『王羲之行書字典』(雄山閣出版)や『篆刻入門』(東京堂出版)など幅広い研究範囲と著作を持つ。
 筆者は大学時代に佐野教授に学び、卒業後もたびたびお目にかかる機会があった。当時から郷土である山梨県の雨畑硯(あめはたすずり)についてのお話はうかがっていたが、全国各地から和硯(わけん)を約1500面も集めていたとは驚きだ。

佐野光一氏

 展示のはじまりは、硯の歴史や日本の絵画に登場する硯を紹介し、日本文化に長く寄り添ってきた様子を伝える。飛鳥時代には陶硯(とうけん)の国内製造が行われ、それが次第に石製の硯が主流になっていったという。  
 展示物のひとつ、江戸時代に模写された『春日権現験記絵』(原典は鎌倉時代)をはじめ絵の中で硯は箱におさめられた状態で描かれている。思えば日本の美術作品では硯自体よりも硯箱が主役のような顔をしていて、純国産の和硯は文房四宝のなかでも控えめな存在であった。今回の内容が珍しいと言われる理由もそこにあるだろう。

 さていよいよメインの和硯について。
 日本の硯の多くは頁岩(けつがん)と粘板岩(ねんばんがん)がほとんどらしい。展示物を見ても、全体的に黒っぽいものが多い。
 今展に並ぶ生産地は、岩手、宮城、山形、茨城、栃木、山梨、長野、新潟、静岡、愛知、福井、滋賀、京都、和歌山、岡山、鳥取、山口、高知、福岡、長崎、熊本、宮崎、鹿児島と23府県にわたる。山梨県の雨畑硯や、東日本大震災で被害に見舞われた雄勝硯(おがつすずり)などが有名であるが、各地でこれほど硯がつくられているとは知らなかった。
 たとえば岩手県で採れる紫雲硯(しうんすずり)は小豆のような色合いで、名前の紫雲とあいまって優美さを漂わせる。ここで墨を磨ったらどんなふうに黒が映えるだろうかと想像する。
 同じ赤系の石でも山口県の赤間硯(あかますずり)はもう少し色が沈んでいて、背面に銘の入ったものや装飾されたものが多くあった。産地の文化的な背景で彫り方にも違いが出るのかもしれない。

硯の整列する姿は愛らしくもある

 そしてコレクションの半分を占める雨畑硯。雨畑硯の匠である「雨宮靜軒(あめみやせいけん)」の名を教わったのは佐野先生からだ。硯の銘をいくつか見せていただいた記憶がある。
 今回の展示には雨宮靜軒作の猿面硯(えんめんけん)と、意匠のもとになった山梨県・金櫻神社に伝わる神宝「猿面硯」も並ぶ。猿面硯とは猿の顔の形をしていることから名付けられたものだが、足つきの硯板で現代的なフォルムをしている。金櫻神社のものは平安時代のものとも考えられ、見る角度で変わる石の色や文様の面白さも見どころだ。雨宮靜軒作は手のひらサイズの愛らしさが感じられ、背面に端正な篆書で銘が刻まれている。

実際に触れることのできる雨畑硯
質感や冷感、縁の手触りが中国の硯とは異なる気がした

 和硯と中国の硯(唐硯)では石の違いはもちろん、どことなく姿形も違っている。太史硯のような重厚な形や、蘭亭硯のような装飾の多いものは少ない。コレクターの好みもあるのかもしれないが、柔らかな曲線美のあっさりとした味わいで、硯箱に入れて使うことと関わりがあるのではないかと思った。
 展示には「重硯箱(かさねすずりばこ)」という同じ大きさの硯箱をいくつも重ねてひとつに納められる便利な入れ物もあり、きっちり納まる気持ちよさがある。近世以降に教場などで使われたそうで、このあたりも和硯を考える大切な要素だと感じた。

全国各地にある硯の産地

 会場には硯の産地地図や和硯の産地リストなども並び、図録は各地の詳細な歴史や状況も記された充実の内容だ。現在は採掘や販売のされていない地域、今も製造販売の続く地域などもわかり、和硯のこれまでと現在地を知る好機になった。
 展観の監修は、佐野教授に学んだ文房四宝研究家の日野楠雄氏(國學院大學兼任講師)と、教授が創設した松窗印会の面々(國學院大學兼任講師・横倉佳男氏ら)が協力をしている。2017年の在職中に急逝した教授のコレクションや資料を整理しているそうで、背景に師への深い思いも感じる。ぜひ多くの方に見てほしい展観だ。

集めた硯の硯譜
こういう細やかな手仕事も佐野教授ならでは

 展示の最後には集めた硯の硯譜が展示されていた。題字などの佐野教授の筆跡を見ると懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。佐野教授は授業やオープンカレッジで用いるプリント類や字典を自ら切り貼りしてつくり、題箋などもそのつど書いていた。生徒にも半紙の提出物を和綴じにさせるなど、手仕事を大切にしていたように思う。硯は別名「石のたより」ともいうが、この展観を通してふたたび先生にお会いできたような気がした。
 なお、國學院大學博物館には常設展示として考古、神道、学校史にまつわる展示物も充実。入場無料なのでこの機会にぜひ。オンラインミュージアムでは展示解説【企画展「佐野光一コレクション 和の硯―SUZURI―」〔YouTube〕】を配信中。

(古志庵)

チラシ(裏)
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