高校の書道教育の現在 第2回 高等学校の書道教育で学ぶこと

現在の高校では、どのような書道教育が行われているのでしょうか。
授業では? 課外活動では? 他教科との連携? 地域との連携?
複数の執筆者によるリレー連載の形式により、

「高校の書道教育の現在」を浮き彫りにしていきます

現在の高校では、どのような書道教育が行われているのでしょうか。授業では? 課外活動では? 他教科との連携? 地域との連携? 複数の執筆者によるリレー連載の形式により、「高校の書道教育の現在」を浮き彫りに。

第2回の今回は、前回に引き続き、高校の書道教育の特徴と役割について。
教材(教科書)の内容についても触れながら、さらに考察を深めていきます。

第2回の今回は、前回に引き続き、高校の書道教育の特徴と役割について。教材(教科書)の内容についても触れながら、さらに考察を深めていきます。

第2回 高等学校の書道教育で学ぶこと

文/草津祐介(東京学芸大学准教授)

「資質・能力」というキーワード

 第1回で、高等学校芸術科書道においては、臨書すること、言葉・文字を創作すること、書を鑑賞することを通して、書を学んでいくといいました。また、書を書くことは「知識及び技能」の目標達成の手段として位置づけられている学習内容である、ともいいました。
 一つ誤解がないように繰り返しますが、書を書く(臨書する、創作する)というのは書道教育における重要な学習方法であることに違いはありません。ただし、書が書けることを教員がゴールに設定しないことが重要なのだということを強調したいと思います。美しく書けて終わり、なのではなく、美しく文字を書くことを含めて学習活動で身に付けた資質・能力を、如何に生徒の成長やその後の生活へと結びつけることを考えて授業をおこなうのか、これが公教育としての書道教育の大きな役割ではないでしょうか。

 さて、「資質・能力」という言葉を第1回から使っていますが、これは世界的に教育の世界で非常に重要になっているキーワードでもあります。キー・コンピテンシーともいいますが、日本の教育では「資質・能力」という言葉を使用します。東アジアに目を向けると、中国(中華人民共和国)では「核心素養」といい、韓国(大韓民国)では「力量」といっています。少し話がそれますが、この中国と韓国のキー・コンピテンシーについて、説明したいと思います。
 中国では、2014年3月に、教育部が「関于全面深化課程改革落実立徳樹人根本任務的意見」という法律で「核心素養」の概念を提出し、2016年9月、委託を受けた北京師範大学を中心とする核心素養研究課題グループが、中国版キー・コンピテンシーともいうべき「核心素養」の研究成果を発表しています。「核心素養」として、「文化的基礎」「自主的発展」「社会参加」を位置づけ、そのうちの「文化的基礎」中のポイントの一つ「人文的知識」の要素に「審美情趣、芸術・文化に対する深い理解」を位置付けました。中国の書道教育(書法教育)はこの「核心素養」を担っているということになります。
 韓国では、「2015改定教育課程」で、キー・コンピテンシーに相当する「力量」の育成に重点をおき、「力量基盤教育課程」というべき教育課程がつくられています。韓国における「力量」とは、教育を通して得られた情報や知識を実際に活用できる能力を意味し、学校教育は知識の伝達だけではなく、その活用能力を育てることに目的をおくべきもの、とされています。基本方針として、「自己管理力量」「知識情報処理力量」「創造的思考力量」「審美的感性力量」「意思疎通力量」「共同体力量」の6大力量の育成を示しており、書道(書芸)を包括する美術科における教科力量として、「美的感受性」「視覚的疎通能力」「創意融合能力」「美術文化理解能力」「自己主導的美術学習能力」の5つをあげています。
 ここでは書道教育で関連する中国と韓国しか例に挙げませんでしたが、コンピテンシーベースの教育というのは、世界的な動向であり、日本も多少遅れつつもコンピテンシーベースの教育が始まっているということになります。

書道Ⅰで学ぶ教材の内容について

 ここで話をコンテンツ=教材にかえたいと思います。高等学校芸術科書道には、4社の検定済み教科書があり、教育出版、教育図書、東京書籍、光村図書(五十音順)が2024年現在、検定済み教科書(以降、「教科書」と表記)を発行しています。この教科書にのっている教材を使用し、書道教育の学習活動が基本的に進みます。
 すでに第1回でも言及していますが、芸術科書道の学習内容としては、大きく「表現」と「鑑賞」の学習が実施されます。もちろん、「表現」のみの学習もあれば、「鑑賞」のみの学習もあり、「表現」と「鑑賞」が往還する学習もあるかと思います。「鑑賞」には名品の鑑賞もあれば、自分や同級生の書いたものの鑑賞もあるでしょう。さらに、「表現」における技能の学習方法として、「臨書」と「創作」が位置付けられます。学習する分野は、「漢字仮名交じりの書」「漢字の書」「仮名の書」に分けられ、「漢字の書」には、篆刻および刻字が包括されます。
 書道の教科書の構成としては、「漢字の書」の教材、「仮名の書」の教材、「漢字仮名交じりの書」の教材という掲載順が共通しています。もちろん、教科書は教材であり、どのように使用するかは教師が考えるべきものであるため、掲載順で学習するというわけではありませんが、およそ「漢字の書→仮名の書→漢字仮名交じりの書」という学習過程が主であることが読み取れるでしょう。

 本回では、書道Ⅰの「漢字の書」の教材を例に見ていきたいと思います。
 漢字の書について、技能に関わる主教材をみていくと、教育図書以外の3社の構成は、書体では、楷書→行書、の順で構成されています。その後、東京書籍と光村図書は、草書→隷書→篆書→篆刻という順で構成されています。教育出版は、篆書→篆刻→隷書→草書、と構成します。教育図書の技能を主として学ぶプライマリーブックの構成は、楷書→行書→草書→隷書→篆書という掲載順であり、教育出版のみが隷書と草書よりも先に篆書を学習することになっています。
 楷書の教材としては、虞世南「孔子廟堂碑」、欧陽詢「九成宮醴泉銘」、褚遂良「雁塔聖教序」、顔真卿の楷書古典を必ず取り入れているのが共通点です。これらは定番教材といえるでしょう。顔真卿の楷書古典として、東京書籍以外は「顔氏家廟碑」を取り上げ、東京書籍は「自書告身帖」を取り上げています。その他に共通しているのは、北魏の書を取り上げている点です。北魏の書としては、「龍門造像記」と鄭道昭の楷書をそれぞれ取り上げています。
 行書教材で共通する定番教材は、王羲之「蘭亭序」と空海「風信帖」、顔真卿の行書(行草書)です。「蘭亭序」はすべて北京故宮博物院所蔵「神龍半印本蘭亭序」を使用しています。
 篆書の教材としては、4社共通して「泰山刻石」を選んでおり、隷書の教材としても、4社共通して「曹全碑」を選んでいます。草書の教材としては、教育出版は「書譜」、他3社は智永「真草千字文」を選んでいます。
 高等学校芸術科書道では、「漢字の書」だけをみてもこのように様々な古典を取り上げ、古典をお手本ではなく教材として捉え、教師が教材観を持って、その古典を使って教えるということが大きな特徴です。その古典を使って、その古典の学習を通して、何を教えるのか、どういう資質・能力を生徒に身に付けさせたいのか──そういった考えで授業をおこなう必要があるともいえるかとも思います。そしてそれは書道教育のみならず、芸術の諸科目でも同様ですし、他の教科でも「常識」的に考えられていることであると思います。

 では、実際の高等学校芸術科書道の授業がどのようにおこなわれているのか、その最前線の報告については、次回以降に執筆される各先生方にバトンタッチしたいと思います。

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