文房四宝だいすき帳 vol.20 墨は成長する

墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。
書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。
大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。

墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。

vol.20 墨は成長する

 墨(固形墨)について、製造されてから3年から5年までの墨を「新墨」(しんぼく)、10年から15年ほど経過した墨を「古墨」(こぼく)とする考え方があります。「古墨」は、「旧墨」(きゅうぼく)や「枯墨」(かれずみ)と呼ばれることも。なお、この場合の「古墨」とは、中国の明清代の墨を「古墨」と呼んだり、日本の江戸時代の墨を「古墨」を呼んだりする場合とはまた違った意味合いですので、そのような脈絡からは切り離して理解していただければと思います。

30年以上前の古墨。「清腴」(墨運堂)。
墨色は薄茶系の上品な黒。濃い時は落ち着いた吸収性の黒。
古くなるほど、超濃墨で使用可。
題字は、手島右卿の揮毫。

 さて、墨は「新墨」から「古墨」へと変化していくほどに、状態がよくなっていきます。なぜでしょうか。それは、製造後の墨が、成長し続けているからです。墨(固形墨)は、製造の練りの段階で、膠に40%程度の水分を含ませています。これを乾燥させて製品として出荷されますが、そのとき水分は20%程度になっています。この乾燥の過程を通して、墨の中に微細な気孔が生まれます。その後、墨は、外気の温度・湿度の変化のなかで、この気孔を通じて水分を出入りさせ、年月をかけて膠の状態を変化させていきます。具体的には、膠の粘度が低下し、伸びがよくなり、紙への浸透具合や、煤の凝集の状態なども変化していくのです。

約20年前の古墨。「蔵輝」(鈴鹿墨)。
粗粒子と微粒子の混在により濃墨では強い光沢を発し、
中・淡墨にすると品格のある黒茶系の墨色。美しい滲みも特徴。

 「新墨」から「古墨」への変化(成長)をもう少し細かく見ていくなら、人間の成長になぞらえて、幼年期、青年期、壮年期、老年期に分けて考えることができます。製造されて3年までは幼年期で、墨色は子どもが成長するように日々変わります。4年から7年ほどが少年期で、墨色の個性や特徴がはっきりしてきます。8年から15年頃までが青年期で、墨色も落ち着き、厚みと立体感が出てきて、墨の伸び具合もよくなっていきます。16年以降(壮年期)は、墨色や墨の伸び具合がさらに一層よくなり、その後は長い年月をかけて(老年期)、枯淡の味を生み出していきます。

約50年前の油煙墨(北京一得閣)。
古墨ならではの枯れた美しい墨色。
淡墨では、基線と滲みの差もはっきりとしている。

 なお、松煙墨は、煤の粒子が均一ではなく、大きい粒子が多いと青系の墨色になり、細かい粒子が多いと、赤系、茶系の墨色になるのでした(vol.14「松煙墨と油煙墨」)。松煙墨の場合、この老年期の過程の中で、細かかった煤の粒子も凝集して大きな固まりになり、美しい青味を帯びた「青墨」(せいぼく)になっていきます。

(協力・写真提供/栄豊齋)

◉商品のお問い合わせ
栄豊齋(電話 03-3258-9088)

◉参考文献
墨運堂ホームページ
大谷杉郎「Q&A」(『炭素』184号、炭素材料学会、1998年)
『筆墨硯紙事典』(天来書院編、天来書院、2009年)

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