墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。
書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。
大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。
墨に遊び、書作を楽しむとき、なくてはならない文房四宝(筆墨硯紙)。書室のなかでいつも一緒にいてくれて、眺めているだけでもしあわせな気持ち。大好き(だいすき)な文房四宝とその周辺のあれこれについて、気ままに綴っていきます。
vol.18 液体墨いろいろ
固形墨は、いうまでもありませんが、硯に水を垂らして磨り、液体にして使用します。これに対して、ご存知のように、すでに液体になったかたちで販売されている墨があります。明治時代に発明され、1980年代頃からは、高級な製品も販売され始めました。「墨汁」「墨液」などさまざまな呼称がありますが、ここでは「液体墨」と呼ぶことにして、今回は、その液体墨について考えてみたいと思います。
液体墨も固形墨と同じく、第一の原料というべきものは、もちろん煤(すす)です。固形墨と同じく松煙や油煙を使用している液体墨もありますが、それとは異なるカーボンブラック(石油などの鉱物性油煙)のものも多いようです。
そして、第二の原料というべきものは、固形墨では膠(にかわ)。これに対して、液体墨では膠、もしくは合成糊剤ということになります。
少し復習すると、固形墨とは、煤を膠で固めたものでした。そして膠には、固形墨が磨られて液体になるときに煤と水をなじませるという役割がありました(煤だけでは水と混じりません)。液体墨の場合にも、同じように固形墨の膠に相当する糊剤が必要です。この糊剤の役割を、固形墨と同じように膠、あるいは合成糊剤が担っているのです。合成糊剤として使用されているのは、水溶性の合成樹脂(プラスチック)──ポリビニルアルコール(PVA)と呼ばれるものなど──です。
液体墨を分類する際には、糊剤に膠を使用しているか、あるいは合成糊剤(合成樹脂)を使用しているかが大きなポイントになります。ここで前者を「膠系」、後者を「樹脂系」と呼ぶことにしましょう。
「膠系」の特徴は、固形墨(固形墨を磨った墨液)と同じように墨が伸びるので、滑らかに運筆できること。また、固形墨と同じ膠の製品なので、固形墨と混ぜて使用することができます。ただし、膠の性質として低温になるとゲル化する(粘度を増して固まる)ので、その場合は、湯煎などをして温める必要があります。なお、そのゲル化や加水分解(水の作用による化合物の分解反応)を抑えるために多量の塩分(塩化物)が添加されていて、それが筆を傷める原因になるのではないかといわれることがありますが、使用後に筆をしっかり洗うようにすれば、特に著しく筆の寿命を縮めるようなことにはなりません。
「樹脂系」の特徴は、黒に強さがあり、乾きやすく、表具しやすいこと。しかし、固形墨と比べると墨が伸びず、運筆に重さが生じます。また、糊剤が膠ではないので、原則として固形墨と混ぜて使用することはできません(原料が分離して表具できない場合があります)。ちなみに、「膠系」と「樹脂系」を混ぜることもできません(「膠系」に含まれる塩化物に反応して合成樹脂が劣化します)。
ところで、上の「膠系」「樹脂系」とは異なるものとして、固形墨をそのまま磨りおろしたり、微粉末にして練り直して、液体墨にした商品があります。従来にはなかった新しいタイプの液体墨です。時間の経過とともに変化する墨色など、固形墨そのものの特徴を実現しています。
(協力・写真提供/栄豊齋)
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栄豊齋(電話 03-3258-9088)
◉参考文献
『筆墨硯紙事典』(天来書院編、天来書院、2009年)
『日本大百科全書』『精選版 日本国語大辞典』など(コトバンク)
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