第74回 囬瀾書展
会期 2026年1月21日〜26日
会場 東京都美術館
さまざまな会派の書展が集い、華やかな賑わいを見せる新年1月の東京都美術館において、第74回となる囬瀾書展が開催された。
囬瀾書道会は、昨年(2025)6月、有楽町朝日ギャラリーにて、企画展「明日へ向かって」と題して青陵賞作家展・次世代作家展を併催。今回展では、その流れを受けて、次世代作家(17名)のうち選抜作家5名(浅野荷香・池田孝一・栗本眞崙・判澤秀年・𠮷田万由美)が、大作主義の囬瀾書道会にふさわしい作品をと、東京都美術館の壁面を活かした大作に挑戦した。
なお、青陵賞は、第4代会長・中台青陵(1910〜1987)の還暦を記念して、昭和47年(1972)に創設された囬瀾書展の最高賞。第20回展以来、23名が選出されている。また今後に向けて、囬瀾書道会のなかでは、次世代作家のうち、次の選抜作家4名(内田麗華・大川原爾水・加藤専谷・光野順)が決定しているという。
ここでは、青陵賞作家の熟練の作品と、次世代作家たちの意欲作を中心に、山﨑亮氏(成田山書道美術館 学芸係長)の講評とともに展覧会の様子をご紹介しよう。

第74回 囬瀾書展 講評
文/成田山書道美術館 学芸係長 山﨑亮
この度、第74回囬瀾書展について展覧会の講評をさせていただくことになりました。一見学者の所感として捉えていただけると幸いです。
はじめに
サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が国際社会に復帰した昭和27年、囬瀾書道会は設立された。当時、欧米文化の流入は著しく、書においても前年に毎日書道展にて前衛書が新傾向の書として部門を分けられ、日展では上田桑鳩が出品した「愛」が伝統的な書の概念を逸脱するものとして議論の的になるなど、書のその後の在り方を左右する大きな転換点にあった時代である。用の美から壁面芸術へと移りゆく変化の中で、書の根源となる東洋的文人思想までの喪失を憂えた囬瀾書道会の発起人たちは、囬瀾(衰えて滅びかけているものを元に戻すという意)という語に書の未来を託したのである。70年以上経った現在でも書を評価する基準として文人思想・精神性は大事な要素となる。囬瀾書道会が持ち続ける文人精神は、これからの書にも大いに益するだろう。まずはその継承され続ける精神に敬意を表したい。
囬瀾書展では会の重鎮から未来の書を担う学生の作品まで展覧されているが、ここでは青陵賞受賞作家、次世代選抜作家、次の次世代選抜作家に焦点を当てて論じたい。
◆青陵賞受賞作家 ※受賞年順
・坂口天月
しっかり紙を捉えた運筆で、作品に良い重心が感じられる作。余白も生きている。

「王維詩」
(王維)
・川嶋毛古
墨の潤渇と微妙な文字バランスの均衡で観る者を惹きつける作。落款印の布置が見事。

「飲中八仙歌」
(李白)
・片芝青邦󠄁
文字の大小、字間のとり方が巧みで観る者を惹きつける。呼吸を楽しみたい作。

「李太白詩五首」
(李白)
・三浦真澄
親しくしていた人への冥福を祈る気持ちがよく伝わる作。墨の潤渇が生きている。

「モロッコの貝の化石」
(三浦精子)
・竹之内饒僊
美術的表現の難しい現代の散文に取り組んだ意欲作。あえて句読点を書き、現代の文人精神に挑んだ。

「『日本百名山より』」
(深田久弥)
・松吉久美子
熟練の表現に墨色の妙、表具への気遣いが加わった作。写真だけでなく実作を味わいたい。

「遠浅の海」
(小島ゆかり)
・祖父江礼子
下の句の大きな展開で大画面に負けないかなを志向した作。落款印が安定感を与えている。

「性」
(三浦大和「認否罪状」)
・伊藤泰子
抑えめの中段からの書き出しは歌に合わせて展開する。自然な流れが好ましい作。

「雲の流」
(岡井弘)
・髙見如秀
端正な書きぶりで、名山鋸山への尊崇の念が感じられる作。書と心の一致が感じられる作。

「木屑録より 鋸山と日本寺」
(夏目漱石)

・印東蘆舟
墨の滲みに意を置かず、行末も揃えずに自然な流れを大事にした文人的志向の強い作。

「小諸なる古城のほとり」
(島崎藤村)
◆次世代選抜作家
・浅野荷香
余白と文字の白黒のバランスがとれていて、明るさと文字の重さの均衡がとれた作。安定した書きぶりに感じるが、やや筆脈がたどれないところは今後の課題か。5行目「舟中」のあたりだろうか。制作時に会場での展示された姿をイメージすることも必要かもしれない。長条幅は観る人の目線は見上げる体勢となる。作品の山場もまたその目線の高さを意識したい。

「江上看山」
(蘇東坡)
・池田孝一
漢印の風趣を感じる力作で、見ごたえがある。撃辺の効果も十分で、時代感もよく表れている。今後は側款や紐も期待したい。

「擧案齊眉 他十一顆」
(『後漢書』「梁鴻伝」他)

・栗本眞崙
錬度の高い運筆で、王維の詩を情感豊かに書いている。リズムがある書きぶりだが筆が浮くことなく文字に良い重心もある。ただ、3面中2面目の3行目下「飛花」はやや上滑りした感がある。今後は時代が下った傅山などの明清調も視野に入れると良いのではないだろうか。

「洛陽女兒行」
(王維)
・判澤秀年
陶潜の帰去来辞を構築性のある楷行書で書いた作。北碑の勁さ、清新さは出せていると思う。字粒に大小の変化をつけており単調さを出さないねらいかと思うが、おそらくこの大小は筆画の多少に由来するもので詩情のリズムとは異なる。ゆえに情感あふれるこの詩とはかなりの違和感を感じてしまう。造形への意識が強すぎるのではないだろうか。詩情に即した表現を期待したい。筆者の意が書に表れやすい尺牘などが参考になるのではないだろうか。

「歸去来辭」
(陶淵明)
・𠮷田万由美
構成をよく考えて、準備をした上での制作と推察する。線質にも味わいを感じるが、行末がほぼそろっていること、字粒の大小があまりないことでやや単調さも感じてしまう。余白も含め、リズム感を感じる構成が表現の幅を広げることになるのではないか。

「「椰子の実」詩」
(島崎藤村)
◆次の次世代選抜作家
・内田麗華
リズム感を感じる運筆で、字粒の大小、バランス感覚に長けた作と感じる。ただ、次の文字に移る筆脈でやや安易に感じられるところがある。終わりから3行目、「情満」のあたりは一考の余地があるのではないか。大変感情がこもった漢詩でもあるので、詩情に合わせた表現も今後期待したい。

「白楽天詩」
(白楽天)
・大川原爾水
よく練られた線質で、観ていて安定感を感じる作である。ただ気になったのは3面目の体裁だけ3行構成になったことである。サイズの規定もあるだろうが、あえて意図したものであればその意が知りたいと感じた。水墨画にも言えるが、東洋美術は書き込まない部分(白の部分)に意味を見出すことがある。構成が変わり、リズムの変化が気になってしまった。

「子夜四時歌」
(李白)
・加藤専谷
明度のあるすっきりとした線質で、明るい印象の作品である。薄暗い家の床の間で書を愛でていた時代と異なり、明るい照明の展覧会場ではこうした明るさのある作品が好まれる傾向にある。3面に分かれての展示だが、ともに1行目の書き込みに対し、3行目のやや間延びした字配りが気になった。草稿の段階での練り込みに期待したい。

「王維詩」
(王維)
◆同人奨励賞
・髙梨裕之
堂々たる書きぶりで、観ていて気持ちがすっきりした。基礎学習の高さを感じる。次回は他の書体や六朝風の楷書などへの挑戦も見たいところだ。

「漁父辞」
(屈原)
・飯田淳子
余白のバランスがよく、明度のある作品に感じた。余白は出来るものではなく、創り出すものと考えると構成の妙はまだまだ無限の可能性を秘めていると感じる。題材の内容に応じて構成を考えることで表現の幅は広がるだろう。

「時満つれば」
(自作)
・光野順
表具の構成に意を凝らし、散らし書きでかな表現の造形性をよく考えた作である。ただ、紙面に対し余白の割合が少なく、詰め込み感が感じられるので、その点は今後に期待したい。

「富士」
(山部赤人・慈円・西行法師)
おわりに
本年は東京都美術館が開館してからちょうど100年にあたる。都美は日本初の公立美術館として、各分野の作家が作品を発表する聖地として歴史を紡いできた。書もこの営みに参加することで用の美から壁面芸術へと変化の過程をたどってきたことは周知のことである。かつて限られた人の高踏的な営みであった書は、戦後の大衆社会の中でより多くの人が展覧会に参加することでその活動を活性化してきた。しかし100年を経た今、社会が変わり新たな岐路に立っているといえるだろう。人口減少が顕著となった今、展覧会を大きくすることで会を盛んにすることは容易ではない。これからは出品者が所属する団体や展覧会を選ぶ時代になるのではないか。作家が自ら作品を発表する場を決めることはかつて交遊する文人たちが集まって互いに作品を論じていた光景に近い世界ではないかと感じるのである。囬瀾書道会は用の美の時代からの文人的気質を持ち続け、かつ70回以上の展覧会を重ねることで壁面芸術としての書の現代性も志向してきた。今まさに囬瀾精神が再検証される時期なのではないかと考えている。今後の皆様の益々のご活躍を期待しています。

