和漢の調べ 土橋靖子書展
会期 2023年5月31日~6月5日
会場 日本橋髙島屋S.C. 本館6階 美術画廊
香気たちのぼる静かな“かな書”の宇宙
文/西嶋慎一(書文化研究家)
“和と漢のなずみ”をテーマとした今回展を代表する屏風一双「和漢朗詠集抄」は香り立つ世界であった。
完全に手に入った王羲之系漢字の、豊かな筆がかもす奥行きの深さ。かなも、のびやかに澄んだ筆の動きが際立つ。行のゆらぎと相まって香気あふれる姿を形作る。にほひ立つ香りは、このような行き届いた筆が発するのであろう。
この香りは「御製御歌二帖」でも顕著に発揮される。「ゆづり葉」、「松の葉」、「たのしみは」、「星」、「山吹の花」、「源氏和歌」でもそうだ。静かに筆を入れ、筆まかせに進み、のびのびと豊かな線を演出する。作為の感じられない世界である。
静かに点ぜられた香の立ちのぼる燻煙、一碗にこぼしこまれた茶の静けさである。立ちのぼる香気は比すべくものもない。
本来無機質な“書”が、ここでは動きを孕む一宇宙となる。
まことに静かな世界であった。作者・土橋のたどり着いた境地が、意欲とかエネルギーなどを内に秘めて、静まりかえった一宇宙となっていた。
土橋は思想のある作家だ。または、理念を持った芸術家だ。ここに提出された作品の数々は、彼女の考える現代芸術としての“かな”なのであろう。そして、“かな芸術”の明日のあるべき姿と主張する。
だが「清瀧」に見せた意欲あふれる筆さばきは、悟り切らぬ作者の煩悶だ。
さて、個展から約一ヶ月後に開催された土橋主宰の蛙園会《あえんかい》書展にも触れておこう。
蛙園会諸氏の作は、主宰の作も含め、熱のこもった“気”あふれる世界であった。土橋が個展で示した静謐の内に、これだけの燃えたぎるマグマが秘められていたのだ。
幹部の中路、小木曽、西田、谷口の、これ迄に見せなかった変相はどうだ。大賞の渡辺敬子、田代和則の充実し、古典を消化し切った姿は迫力がある。矢張り、この会は土橋に率いられ、明日のかな芸術を目指し突進する、その理想に殉死するのを厭わぬ集団だ。
◉蛙園会ホームページ www.sho-aenkai.net