第36回 囬瀾同人選抜展
会期 2026年6月5日~10日
会場 有楽町 朝日ギャラリー
6月初旬、有楽町朝日ギャラリー(有楽町マリオン11階)にて、囬瀾書道会の同人選抜展が開催された。1月の回瀾書展(第74回展)に続いて、総勢40名の作家たちが、選抜展ならではの工夫を凝らした意欲作を出品。田中亮氏の講評とともに展覧会の様子をご紹介しよう。

第36回 囬瀾同人選抜展 講評
文/田中亮(ジャーナリスト)
はじめに
「日本の書道」のユネスコ世界無形文化遺産登録がいよいよ実現という機運にある。かつて和食の登録が、「食育」の普及、また地元産品を学校給食に取り入れるなど、プラスの効果絶大であったことを思えば、登録が書道文化全般の底上げに大いに寄与することを期待したい。
まことに慶賀すべきことではあるとはいえ、視点を変えれば、それは登録対象がある種の危機にあることを物語ってもいる。高齢化、書道人口の減少、そして「文字を書く」ことが普通ではなくなった今、書を取り巻く環境は誠に厳しいと言わざるを得ない。それだけに、書の専門家に求められるものは多い。創立以来70有余年、書の根源となる東洋的文人思想をふまえて「時代にふさわしい書」を求めてきた囬瀾書道会が、伝統と時代精神をどうすり合わせて現代にふさわしい表現を展開していくか、大いに期待するところである。
隔年で開催される囬瀾同人選抜展。会場に踏み入れてまず感じたことは、書道展にはありがちな堅苦しさではない、自由な空気である。形式も内容もさまざまな出品作は、楽しんで書いたことを感じさせていた。その中から、青陵賞受賞作家、第74回囬瀾書展で次世代候補として選出された作家、同展で同人奨励賞を受賞した作家を中心に、いくつかの作品について見てみたい。
◆青陵賞作家
・川嶋毛古
細線による余白の多い紙面が、明るい開放感を感じさせる。筆の動きも軽やかで心地よい。柱のない表具がいっそうの広がりをもたらし、小品ながら広やかな世界を感じさせる。淡く明るい表具裂が平明でシンプルな作風とマッチし、現代的でもある。

「沙羅双樹」
(平家物語)
・伊藤泰子
必要最小限の要素で変化ある紙面を作り出している。落款印も含めた行脚部分が効果的である。落ち着いた書きぶりが味わい深いが、もう少し動きがあってもよかったか。第二紙の書き出しが第一紙と揃いすぎたことと、「無月可」の配字が気になった。

「あし音を…」
(栗島弘)
・印東蘆舟
恬淡として自在な字姿は文人風でもあり、筆がよく動き闊達である。ところどころに見える割れた線も印象的である。ただ、一行目の後半はやや大きすぎて締まりがない。独特のにじみが効果的ではあるが、少し多用しすぎたようにも思える。

(于良之)
・片芝青邦󠄁
墨色の深さにまず惹かれる。単なる「黒」ではないソフトな感じがあり、潤筆部分のにじみも美しい。書きぶりにはゆとりが感じられ、墨蹟のような味わいもある。この位置しかないのだろうが、落款が分断されて見えるところが惜しいと言えば惜しい。

「香厳上樹」
(禅語)
・祖父江礼子
動きの豊かな文字群を、引き締まった下の文字群で受ける構図が決まり、余白の配分もよい。筆の動き、大小疎密の変化が豊かな作で、特に紙面中央部分の自在な筆の動きが印象的である。最終部分「ぐもり」の縦線が、やや目立ちすぎる感もある。

「声出せば…」
(自作)
・髙見如秀
散らし書き的要素を取り込んだ構図が目を引く。もう少し行間をあけては、この緊張感は生まれないだろうか。シャープで切れのある線が作品全体を引き締めているが、右斜め上(左斜め下)の斜画が、特に見せ場となる三行目で類型化したのが残念。

「微月光斜河漢澹…」
(友野霞舟)
・竹之内饒僊
この会ではあまり見ない淡墨作品。この作品では、墨の澄明感よりも、粒だったマテリアル感が持ち味になっており、特に起筆部などの墨だまりが印象的である。語意を汲んだゆったりした運筆は納得できるが、もう少し伸びやかさがほしい。

「神逸」
(醉古堂剣掃)
・平尾由紀子
木の葉を漉き込んだ色の濃い料紙が濃墨とよくなじみ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。短い多行の展開が、漉きこまれた木の葉との調和もよく、心地よいリズム感を醸し出している。紙の特性ゆえか、渇筆部がやや粗い感じに見えてしまった。

「真白なバラの…」
(平塚宣子)
・松吉久美子
文字群をきゅっと詰めて余白を演出した現代的な作品。余白を響き合わせるという狙いが見事に実現している。文字群の左側のやや下に張った弓なりの外形を、絶妙な位置の落款がうまく支えている。三行目、四行目の添わせ方もいい。

「より来り…」
(若山牧水)
・三浦真澄
ポキポキした雪舟のような線が印象的。短い硬質な線が、カタカナや渇筆部分で独特の表情を生み出している。読みやすくシンプルな文字の姿も魅力的である。最後の〈貴婦人〉が、大きさ位置とも冒頭と揃いすぎて壁のようになったことが惜しい。

「蟲鬼灯よ…」
(自作)
◆次世代候補作家
・内田麗華
孫過庭「書譜」や米芾など王羲之系の行草書を基調とした、まじめで堅実な作風である。二行目「鐘」をあえて細く単体で書いてポイントとしているが、少し唐突かもしれない。文字の大小に今一つの工夫があれば、なおよい。

「不知香積寺…」
(王維)
・大川原爾水
よどみない線の動きと闊達な筆運びが心地よく、無理のない太細疎密の変化と動的な余白を生み出している。今回の出品者のなかでは一番の若手だが、書き慣れた安定感を感じさせる。その反面、いささか冒険に欠けるのが残念。

「兩人對酌山花開…」
(李白)
・加藤専谷
顔真卿から孫過庭「書譜」へと学びを進めたと聞くが、両者の特徴を押さえた堅実な作。もっと冒険してもよいのではと思わせるほどに真面目な書きぶりである。一行目の後半はもう少し密度があってもよいだろう。

「湖水還歸海…」
(李白)
◆第74回囬瀾書展同人奨励賞受賞作家
・飯田淳子
単体を基調とし、漢字の使い方が巧みな作。師風と西行系の古典の風合いをうまく融合させている。紙面右側の余白が明るい雰囲気を生み出し、全体の余白のバランスがよい。行脚部の右への動きがやや単調に見えるきらいがある。

「さす光あれば…」
(佐藤弓生)
・髙梨裕之
小字かな五連という形式に意外性があり、鮮やかな表具も強く目を引いた。てらいのない誠実な書きぶりに好感がもてるとともに、針切のような細やかでリズミカルな動きが見事。もう少し大きな動きがあってもよかったのでは。

「さくらのはなの…」
(詞花和歌集)

◆気になる作家
・𠮷田万由美
構図に工夫を凝らし、にじみを生かした意欲的な作品であるが、にじみがやや目立ちすぎることと、「し」の字が長くなりすぎたのが惜しまれる。

「あかつきや…」
(自作)
・池田孝一
唯一の篆刻作品。自然な仕上がりが好ましいが、二印とも同じ構成の朱白相間である点は惜しまれる。二顆めは「川」だけが白文のほうが効果的だろう。

「嶋充之印・川充之印」
(自作)

・浅野荷香
単体の文字を淡々と書き連ねた、落ち着いた雰囲気の明朝風の作品。こうした作風は、「見せる」ことを主眼とする展覧会作品では、かえって新鮮である。

「錦帯雜花鈿…」
(呉均)
・判澤秀年
・栗本眞崙
二人とも昨年の次世代候補作家。計算された構想に基づき巧みな筆さばきが光る判澤氏の作品は、見どころ十分。一方、栗本氏は、やはり闊達な筆さばきながら構成や起筆の表情には遊び心も垣間見られる。両者ともに魅力的で、別の新たな書美が生まれる予感をいだかせる、可能性に満ちた表現といえよう。

「梅花落處疑殘雪…」
(杜審言)

「独坐幽篁裏…」
(王維)
おわりに
囬瀾書道会の名称は、唐・韓愈『進学解』の「狂瀾於既倒」(狂瀾を既倒に廻す=衰えて亡びかけているものをもとに戻す)を出典とする。伝統を鼓舞する立場といえよう。そして創立の理念には「清眞にして新鮮、時代にふさわしい書道の興隆とその普及を図り、文化の建設に寄与することを目的とする」とある。会の名称に込められた理念は堅実な漢字書に息づいており、創立の理念は、かな書が担っているようにも見える。その意味ではバランスがいいともいえるが、双方の美意識が融合したところに生まれる新しい美を、ぜひ見てみたい。
囬瀾書道会の作品は、実に堅実で真面目である。見ていて清々しいものがあり、その点は大いに敬意を表したいところである。がその反面、生真面目すぎて新しさを感じさせにくいきらいもある。今回の選抜展のテーマは「自己表現へのそれぞれの挑戦」であるというが、大いなる挑戦を願いたいところである。特に若い作家には、今の自分にしかできない表現に果敢に挑戦していただきたい。会員の皆様のますますの研鑽とご活躍に期待いたします。






(6点とも6月4日に撮影)
《 告 知 》

