「おバカな質問」にガッツリ答えます! 文/財前 謙 vol.14 「古法」って、そんなに大事なもんなんですかいな?

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか?
游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、

その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、
回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。
新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか? 游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

Q 「古法」って、そんなに大事なもんなんですかいな?

 生まれも育ちも大阪で、今もこっちで書道やっとります。先ごろ同窓会で、高校の書道部の友だちに会いましてん。その子、今は関東におるんですけど、「古法をちゃんと身につけてへんかったら、認められへんで」ってサラッと言われて、びっくりしましたわ。
 いや正直な話、「古法」なんて聞いたこともないし、そんなに大事なもんなんですかいな。(70代、大阪のおばちゃん)

A 芸術には正解がありません。

 はい、わたしもこれまで何人も、しきりに「古法」を口にする書家に出会った経験があります。そういえば、関西や九州など西日本の書道関係者からこの言葉を聞くことはありませんね。
 解釈は多様で、「これが古法だ」と決定的な定義があるわけではありません。一般的には、手島右卿(1901〜1987)が王羲之書法の要点として「古法」という言葉を使っていたことがよく知られています。手島右卿は比田井天来(1872〜1939)の唱えた「俯仰法」に触発され、王羲之の書に古法を見出したとされています。よってまずは、「古法=王羲之の用筆法」として捉えると分かりやすいのではないでしょうか。
 要は初心者が陥りがちな、毛筆の一面ばかりを使う運筆を戒め、「俯⇔仰」と毛筆の反対の面も活用して運筆することであり、転折部での筆の返しが要点だと言って差し支えないでしょう。それはそれで、筆法の重要なポイントだと考えられます。
 しかし、そこにはいくつかの不都合な点も含まれているので、それを次に説明いたします。

王羲之「蘭亭序」
(木雞室蔵)

形容詞の曖昧

 第一に、その呼称の問題です。「古法」という場合、その「古い」という形容詞の曖昧さを自覚した上で、これを認識しないと、「古法」を妄信してしまう危険性があり、注意が必要です。形容詞はそれを使う人の立ち位置や物指によって発せられるもので、「古い」といっても、基準によっては「新しい」場合もあります。
 王羲之は今から約1700年前の人ですから、たしかに「古い」。
 しかしこれを「古い」といってしまったら、三国時代以前の書は「もっと古い」わけですが、これをなんといえばよいでしょうか。あくまでも王羲之を「古法」とするなら、それは楷書、行書、草書のスタート点を王羲之に置き、それ以降の楷書、行書、草書との比較であることをふまえて考えるべきでしょう。
 ここは一つ喩えで考えてみましょう。
 藤田まことは、白木みのるより背が高い。しかし大谷翔平と並んだら、藤田まことは大谷翔平より背が低い。──つまり、何を基準にしているか、誰と誰を比較するかで、「背が高い」「背が低い」は違ってくるものです。

藤田まこと(左)と白木みのる(右)
(1963年)
画像引用元:スポニチアネックス

 このように、「高い」とか「低い」とかいった形容詞は、極めて曖昧な言葉です。多様な価値観をもつ人々に共通するのは、客観的な事実しかありません。主観を伴った、あるいは基準が人によって異なる形容詞は、表現としての効果はありますが、それを普遍化すること自体に無理があります。
 したがって、厳しい言い方をするなら、「古法」という書道の概念は普遍的にはなりえない用語だといえます。しかし、比田井天来、手島右卿というそれ相応の評価がされている方の書法解釈として、これをなおざりにすることもできません。ここが「古法」解釈の第一関門でしょう。
 「古法」があるなら「新法」もあるはずです。以前、手島右卿の流れをくむ独立書人団の幹部である某氏に質して、「王羲之の書法が古法、顔真卿の書法が新法」との回答を得たことがあります。東晋時代の王羲之と、唐時代の顔真卿を対比すれば、王羲之が「古く」、顔真卿が「新しい」のは自明です。おそらくこの某氏もふくめ「古法」を提唱する方々は、まだ筆法の右も左も分からない初心者に、書道史的な知識も含めて、このような教授法をされているのであって、そこに厳然な違いがあるなどと考えているわけではないものと推測します。あくまでも、これは方便なのです。
 王羲之書法が浸透した唐時代には、その負の側面から、表面的な優美ばかりを求める風潮が強まり、その警告として顔真卿は篆書の筆法を楷書や行書の揮毫で世に示しました。「蚕頭燕尾」と称される顔真卿の楷書の特徴も、篆書の筆法をもって楷書を書いたことに由来するものと考えられます。この某氏も含め、「古法」という語を使って筆法を説明する人が、顔真卿を否定しているわけではないはずです。そもそも手島右卿が、「右軍」(王羲之の職位)と「顔真卿」から一字を採って「右卿」という雅号を生涯名乗っていることからもそれは明らかです。
 また、顔真卿が篆書の筆法を改めて問い直し、古典復興をなしたのならば、顔真卿こそ「古法」であり、王羲之は「新法」であるはずです。つまり、「古法」「新法」はあくまでも説明のための、方便でしかないのです。それをまだ十分書に通じてない人は、妄信し、「古法」を絶対視してしまうのです。これは「古法」に限ったことではありません。
 開業当時はたしかに新しかったはずですが、60年以上たっても未だに「新幹線」と呼んでいるのとよく似ています。問題は「古い」「新しい」ではなく、「古法」と名づけられた王羲之書法の一解釈であることを、客観的に、かつ冷静にみていく必要があります。大事なのは古法ではなく、優れた先人たちのたどりえた書の解釈を自分の貯えにできるかどうかなのです。

顔真卿「顔氏家廟碑」
(木雞室蔵)

手段と目的の混同

 書の世界では往々にして、「学びのための言葉」がいつの間にか「書の目的そのもの」のように扱われてしまうことがあります。「古法」という言葉も、その一つなのでしょう。
 古典臨書も然りです。古典臨書が最終目的ではないのに、ついつい古典にそっくりな字が書ける技量を書道と混同する場面は、随所に見うけられます。
 難解であればあるほど、それを説明するとき、比喩で納得させることもあり、場合によっては逆の言い方で理解させることさえあります。「嘘も方便」とはまさにこのことです。
 ところが、その方便を真実と履き違えるケースは、世の中にいくらでもあります。一例を挙げるなら、茶道の御点前は最終的に、おいしくお茶をいただくための階梯に過ぎないはずですが、茶道を御点前の練習と勘違いしている人があまりにも多い──そのようなものです。
 「俯仰法」も「古法」も、もともとはある書家が弟子に向けて、用筆法を教授するために使った「説明のための言葉」だったはずです。つまり、それは手段だったはずです。ところが、弟子の側がその言葉をあまりに大切にしすぎ、手段だったはずのものが、いつの間にか「絶対的な目的」のようになってしまうのです。
 「先生が言ったから正しい」
 「古法と呼ばれた筆法でないといけない」
 そんなふうに、言葉によって、言葉がいつのまにか神格化されていくのです。
 書壇関係者との会話ではよく、「うちの先生」というフレーズを耳にします。わたしはこれまで何度となくこの言葉を耳にし、そのたびごとに少し残念な気持ちになりました。皆それぞれ、他人の真似することのできない才能と可能性をもっているはずなのに、それを忘れて、周囲に同調し、いつの間にか自分そのものを見失ってしまっているように見えて仕方ないからです。
 「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」(『徒然草』第52段)というように、我々は自力で何もかも修得することはできません。先達の良き導きを得てはじめて己の不明を知り、少しずつ改善していくしかないのですが、気がついてみるとその学びに没頭するあまり、その限られた小さな世界を宇宙と錯覚し、周囲の話題を妄信してしまうのも、人間に備わった属性のようです。謙虚に学びながら、さらにそれから一つでも新たな自分を作り出していくことの大事を思わないで、没入の快感に身を委ねる危険性は至る所で見かけられます。
 質問者の古いご友人も、ややその落とし穴に足を突っ込んでいるのかもしれませんね。
 もちろん書本来の目的は、古法かどうかを判定することではありません。書の面白さ、魅力は、書法も含めて多種多様です。それなのに、その学びのための言葉が、いつの間にか “書の本質” を代表してしまうと、本来の目的が見えなくなってしまうのです。
 「古法」という言葉は、本来は「こういう方向で学ぶとよい」という道しるべだったはずです。ところが、その道しるべが、いつの間にか到達点のように扱われてしまった。そんな、ちょっとしたすれ違いが起きているのです。
 だから、古法かどうかで悩む必要はありません。大切なのはラベルではなく、目の前の書がどんな必然性を持っているか、そこを見ることです。手段が目的に化けてしまった言葉に振り回されず、静かに耳を澄ませてみると、書の世界はずっと自由で、ずっと豊かになるはずです。

もっと大切なこと

 わたしの意見を述べさせていただくなら、比田井天来の「俯仰法」も、手島右卿の「古法」も、優れた先人の到達として大事にしたいと思っています。ただし、それだけに没入し、それを妄信しようとは思いません。外にも様々な書の要点や理論があり、できるかぎり貪欲にそれらを吸収し、我知らず自分の中に住み着いて、意識さえしないものが「わたし」なのだと思っています。
 どれかが一番正しいはず、と考えること自体が誤りのように思えます。
 明治以降の近代教育は、一つある正解を求めるためのトレーニングの面が多分に強く、わたしたちはいつのまにかそれに慣らされ、解答がいくつもあることを受け入れることができなくなっているようにも思えます。入試問題などに至っては、最初に正解を設定しておいて、いかにそこにたどりつけるかの設問が作られて、その予め設定された正解により早くたどりつく力を身につけた人を優秀としてきたように思えます。
 高等学校の科目では、唯一「芸術」という科目だけが、正解の多様を担保し、あらゆる可能性を試行錯誤する科目として設定されています。ありがたいことに、戦後の高等学校教育では、芸術科に書道も加えられ、現在に至っています。「ああでもない、こうでもない」と正解のない答えを求めて試行錯誤する、その行為と時間そのものに意味があるのです。
 ここでもし、「古法」だけが正しいとなったら、芸術としての意味がなくなります。もし書道を芸術というなら、優れた先人のたどりえた解釈を取り入れながら、自分自身の見方、考え方が養われていくのが、あるべき姿ではないでしょうか。
 多様な価値を認めるものですから、質問者の関東に住むお友達が「古法」を大切に思う気持ちも認める必要があります。ただし、友人の考えを全面的に引き受けて、質問者がこれまでやって来た書道を改める必要もありません。どこまでもいっても、一つの正しい正解などありえないのが書道であり、芸術なのです。
 なにもかにも画一的で、システム化された社会の中で、いくら求めても正解がないということ自体がすばらしいことだとは思いませんか。わたしはこのデジタル化し、なにもかにもが画一化している時代の中で、書道と関わることができた人生を、あらためてありがたいことだと思わずにはいられないのです。
 そして、自分とは異なる考え方であっても、書道という共通の話題に仲良く興じることのできる幸せこそ、大切なことだと思っています。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。
『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、
『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。
NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、
今もYouTubeで視聴できる。
団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、今もYouTubeで視聴できる。団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次