今月の名品 vol.38 墨譜 馬叔雍手拓本

墨譜 馬叔雍手拓本

文/濱田薫

 馬叔雍(1931〜1985)字は孟池、湖南衡陽の人。国学大師馬宗霍の子。多言語を操る史学者である一方、北京琉璃廠の玉綱斎や只斎等古董店を営む。さらに特殊な技法による青銅器等の拓を採ることに長じ、各種の古文物の拓本を残した。
 中でも墨の拓は、元来、水に濡れると傷む墨を対象とするため、湿拓を採ることは困難とされていた。しかし、彼は出来るだけ墨自体を損なわない採拓手法を独自に開発。以前の墨譜の多くは、墨肆が墨の木型(模)等を用いて拓を採ったものであるのに対し、馬氏以降は、墨そのものから採拓したものが増え、墨譜の在り方が一変した。
 また高度な採拓手法を持つ一方で、彼は古墨の大蒐集家としても知られた。馬氏没後、その蔵墨は市場へ四散。現在に至るまで彼旧蔵の古墨は、日本を含む古玩市場にちらほらと現れては、数寄者を賑わしている。
 この墨譜は、やはり馬氏自らの手で採った美しい墨拓片140枚ほどが、直接貼り込まれた稀覯本である。その内容は、康煕53(1714)年の耕織図墨、乾隆御墨で名高い汪惟高(汪近聖)製の耕織図墨、織図詩墨等の御製の貢墨類がちりばめられ、彼自身が考察を加えた乾隆32(1767)年曹素功製の依園図墨、乾隆、嘉慶、道光期から清末に至る文人自用墨など、精選された佳墨が多数含まれる。
 貴重な古墨の造形と細部まで写し採られた麗しい墨拓、これらを目にした墨癖者にとっては、時を忘れて怡顔必至。中国の古墨を理解するために極めて重要な史料である。

◉資料提供/光和書房

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