木雞室名品《游墨春秋》 第22回 礼器碑 落ち穂拾い記④ 楊峴・李嘉福逓蔵本

礼器碑(れいきひ)
156年(後漢・永寿2年)

 2000年代の始めのころは、中国の国営の文物商店や古籍書店の倉庫には、多くの碑法帖類が所蔵されていたようである。顔馴染みの責任者の中には、部下の職員を倉庫まで同道させ、希望の碑帖拓本を探して来るように手配してくれた人もいた。同道の職員に希望の書名を伝え、奥から探し出してくれた碑帖を確認し、購入希望のものを責任者の所に持ち帰り、責任者の確認を経、その場で価格を決定し、購入した事もあった。
 2002年の末、そうして求めた中に欠字や拓紙の裂損のないほぼ完全な旧精拓本の『礼器碑』がある。擦拓で字画が鮮明に拓され、拓調はやや淡く、石面の微妙な凹凸まで鮮やかに見る事が出来る。これまで紹介してきた『礼器碑』とほぼ同じ、清朝初期頃の拓である。拓調が優れている他に、清末の書法家・楊峴(1819〜1896、字は庸齋・見山と、季仇・藐翁・遲鴻殘叟などと号す)、金石家・李嘉福(1829〜1894、字は麓苹、笙魚・北溪・石佛庵主などと号す)の逓蔵を経た帖である。

古雅な花柄の布表紙
欠字や拓紙の裂損のないほぼ完全な旧精拓本

 古雅な花柄の布表紙に行書で「礼器碑 李笙漁旧蔵明搨本」の題簽がある。筆者は不明であるが、李笙漁旧蔵とあるように、拓帖の中には、李嘉福の所蔵を示す「嘉福」(白文)「笙魚」(白文)「嘉福所得金石」(朱文)「李嘉福日利」(白文)の鑑蔵印が捺されている。表紙を繰ると次の見返しの左端には、漢の八分隷を善くし、『礼器碑』を好んだ楊峴の独特の隷書体で、「魯相韓明府碑 戊子(1888)四月藐翁」と書かれた内題簽が添付されている。帖中には、「見山」(朱文)の自用印が、また人物の後ろ姿の肖形印がある。これも恐らく楊峴の自用印かと思われる。清末の2人の名家の手を経てきた帖である。装丁も拓本部分は、くり抜き装の丁寧な剪装であり、保存状態も大変佳く、虫損や汚れはない。


李嘉福の所蔵を示す鑑蔵印
楊峴独特の隷書体による内題簽

楊峴の自用印

 この旧精拓の碑文の文字の中から、破損が少ない文字を精選し、集字して鑑賞図版とした(下図)。碑陽の初めは、やや重厚な趣であるが、行が進むに従い、筆画が、変化し、最後には文字の大きさも少し小さく小振りになり、文字構成も伸びやかに変化するところも見ることが出来る。

2000年代の始め、中国の国営の文物商店や古籍書店の倉庫には、多くの碑法帖類が……。

碑陽より破損が少ない文字を精選し、集字して構成した
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