木雞室名品《王羲之逍遙》 第13回 集王聖教序碑 落ち穂拾い記②

集王聖教序碑 しゅうおうしょうぎょうじょひ
672年(唐・咸亨3年)

宋拓本の巻末部分
(1行目の下部に「尚書」、左から2行目の上部に「文林」)
(木雞室蔵)

 30代の始め頃から、碑法帖の学習の一端を、書道雑誌に発表したり、特集のお手伝いをしたりしながら学ぶ事が多かった。1998年に三井聴冰閣旧蔵『集王聖教序碑』の宋拓の名品で「内庫本」(二玄社の原色法帖選・続の一としてカラー精印されている)と称される、明の王鐸の題記のある劉鐵雲旧蔵本を特集したときに、この碑の宋拓本の特徴を丁寧に調べたことがある。
 簡単に整理すると、A「清朝後期拓」、B「明時代拓」、C「宋時代拓」に区分する事が出来る。古典碑帖などに影印して使用されているのは、多くがCに属し、今から700〜800年前の宋時代に拓されたとされる。底本に使用されている宋拓のすべてが、古くに剪装(行ごとに切り、本の状態に表装)され折帖などの本に仕立てられて伝来している。
 Cの「宋拓本」、Bの「明拓本」、Aの「清朝後期拓」(近拓とも称す)のそれぞれの大きな特徴を整理し、下の図版に示した。碑の全形拓本で各々の相違ある中央部分のみを示した。西安碑林に現存する碑は、右の上部から斜め左にかけて大きな断裂痕が見られる。断裂痕にあたる10数字を見る事が出来ない。明時代の地震で碑が倒れ破損したと伝えられる。

断裂痕の比較
(★印の右側が「尚書」「文林」のある箇所)

 A、Bにほぼ同じような断裂痕が拓本からも明確に見る事が出来るが、Aは断裂部分の所々により大きな破損がみられ、それほど多くないが、前回示した「高陽県」部分などの明確な相違を確認できる。
 Cの宋拓本は、1972年に西安碑林の『石台孝経碑』の内側から発見された未装の、剪装されていない宋拓の整本(碑形そのままの拓本)である。

宋拓の整本
(西安碑林博物館蔵)
上図の左側中央部分
細いひび割れの様な線痕が見られる

 宋拓の『集王聖教序碑』の整本は、これが唯一件のみで、天下の孤本である。宋拓は、断裂はなく、碑の左側から細いひび割れの様な線痕(この線痕に従い明時代には碑が2つに断裂する)を7、8行分ほどまで微かに見る事が出来る。まさに宋拓本は、碑が断裂していない状態を示している(▲印を付した大きな白い部分は、拓紙が破損して失われた部分である。全体で数カ所見られる)。
 特集の三井聴冰閣旧蔵の「内庫本」も、各種の宋拓と称される影印碑法帖の多くの名帖も同じようなひび割れを示しているが、文字は完全に見る事が出来る。『皇甫誕碑』の宋拓本などにも見られるひび割れと同じであり、西安碑林の他の名碑の宋拓に共通する特徴である。
 この特集を終え、しばらくして北京に出向き懇意にしていた書店で、次回開催される小さなオークションの、写真の図版のない簡単な売り立て目録を見ていたときに、旧拓と題された『集王聖教序碑』を見つけ、原帖を下見した。巻末の「文林郎」、その横の「尚書高陽県」部分に大きな断裂痕が無く、「文林」「尚書」の文字はほぼ完全であり、細いひび割れがはっきりと見られた(冒頭図版)。一目見て宋拓と確信した。後で北京の友人に、詳細な事は告げず、どうしても欲しいとだけ伝え、購入を依頼した。帰国してから電話があり、購入できたと。その1週間後に郵便で届いた。

伊藤 滋(木雞室)

「尚書」「文林」の比較
(上図のCは木雞室蔵の宋拓本)
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