疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか?
游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、
その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、
回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。
新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。
疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか? 游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。
Q どうして彳(ぎょうにんべん)が氵(さんずい)に?
退職後に書道を始め、いま蘭亭序を臨書しています。ちょうど半分あたりにある「蹔得於己、怏然自足」の〈得〉について、ご指導いただいている先生から、「行書では、彳(ぎょうにんべん)は氵(さんずい)になる」と教わりました。
しかし、〈得〉の部首は彳(ぎょうにんべん)の漢字で、氵(さんずい)とは別物のはず……。どうして彳(ぎょうにんべん)が氵(さんずい)になるのでしょうか?(70代男性、無職)
A 似ているだけで、彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)は別物です。
ヒントは篆書
蘭亭序で彳(ぎょうにんべん)は、〈得〉と最終部に〈後〉が2回の計3回登場します。また、氵(さんずい)の漢字は〈清〉と〈流〉がそれぞれ2回、加えて〈激〉〈猯〉〈浪〉と計7回登場します。まずは点画が鮮明な神龍半印本蘭亭序から、それぞれを抜粋します。



彳(ぎょうにんべん)







氵(さんずい)
こうして並べてみると、彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)はほとんど同じで、質問者が習っている先生がおっしゃったように、彳(ぎょうにんべん)も氵(さんずい)で書いていると納得されます。しかし、ご質問のなかでも触れられていたように、彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)は別物です。この混乱を書体の進化から説明したいと思います。

彳(ぎょうにんべん)は、道の十字路の象形から造られたと考えられています。一説に、左足を前に踏み出した象形という説もありますが、ここでは前者の立場で説明します。
漢字は上から下へ向けて書きますので、篆書(甲骨)では上記に示した矢印の運筆方向で書くことになります。
やがてこれが隷書に発達すると、彳(ぎょうにんべん)の上部は篆書よりかなり簡略化されて左払いのような書きぶりになります([隷書1])。そして隷書も少しでも速書きするために運筆が単純化され、安易なものになり、それぞれ[楷書2][行書][草書]へと発達していったと推測できます。神龍半印本蘭亭序の亻(にんべん)のようにみえる〈後〉などは、そのあたりの事情をよく示しているようです。蘭亭序のような行書では、彳(ぎょうにんべん)の下部も時間のかかる曲線は簡易化されて一本の縦線で表記が可能になります。その結果、氵(さんずい)の行書とほとんど変わらない造形で彳(ぎょうにんべん)を書くようになったと考えられます。
今日一般的に認知されている彳(ぎょうにんべん)の楷書〈彳〉については、小篆からの発達経路が推定されます([小篆]→[隷書2]→[楷書1])。いずれにせよ、書体の発達は一言で説明し難い、個々の漢字それぞれに複雑な進化があったと考えた方がよさそうです。
おっしゃる通り、彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)は別物ですが、結果としてあまり区別のない造形になったといっていいでしょう。ご指導の先生が、「〈得〉の彳(ぎょうにんべん)は、氵(さんずい)で書く」とご指導されているのも、「むべなるかな」といったところです。
あらためて神龍半印本蘭亭序にある彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)の10字を精査すると、〈得〉や〈後〉二種も第一画が心持ち左払いの筆意を残していて、氵(さんずい)とは異なり、彳(ぎょうにんべん)の意識が残っているように見えますね。
これは神龍半印本蘭亭序の大きな特徴です。紙本として残る八柱第一本、八柱第二本も、また拓本として残る定武本、八柱第一本を刻し、日本でも「張金界奴本」の名でよく知られた拓本も、この点はいずれも曖昧です。王羲之の真跡が元々こうであったのか、それとも神龍半印本を榻書した馮承素(ふうしょうそ)の配慮だったのかは不明で、蘭亭序の謎は深まるばかりです。
運筆の方向
ちなみに草書では縦画一本で彳(ぎょうにんべん)を表し、楷書は言うまでもなく〈彳〉となります。後年、行書の彳(ぎょうにんべん)を誤認して、楷書でも完全に氵(さんずい)で書いた彳(ぎょうにんべん)の漢字に出会うこともあります。
〈御〉の楷書では、彳(ぎょうにんべん)を〈彳〉では書かずに、隷書の彳(ぎょうにんべん)で書くことが多いようです([楷書2])。熨斗紙に書かれた「御中元」「御歳暮」といった〈御〉字に、これをよく見かけます。
では楷書にはなぜ、彳(ぎょうにんべん)に二通りの字体が存在するのでしょうか。
既に述べたことと重複になりますが、一概に篆書と言っても、甲骨系の書き方と、小篆系の書き方の二通りがあって、それらがそれぞれ隷書に発達していったと考えると理解しやすいと思います。〈彳〉の楷書の二画目相当部分をどの方向で運筆するかの違いで、[楷書1]と[楷書2]の違いが生じたと考えてよいでしょう。この運筆方向の違いは、隷書の彳(ぎょうにんべん)の書き方を考えるのにも参考になると思われます。
そうすると、隷書の造形のままの彳(ぎょうにんべん)がそのまま残ったもの([楷書2])と、現在の楷書で考えられている彳(ぎょうにんべん)の造形([楷書1])とが併用されてきたのは、あくまでも運筆の方向の違いに基づくもので、本質的な違いではないことが分かります。甲骨系の書き方が速書きによって省略され、それが行書や草書の造形になっていったまでです。
活字の造形で漢字を覚える現代人には、なかなかわかりづらい問題ですが、書体変遷の理解とその視点に立って、かつ毛筆でそれらを書いた経験があれば、理解は容易になってくると思われます。



※【参考】智永「真草千字文」(小川本)。
同じ真書(楷書)でも、
彳(ぎょうにんべん)の造形は一様ではない。
〈彼〉と〈波〉の区別
ところで一つ困った問題が、彳(ぎょうにんべん)には生じてしまいます。
彳(ぎょうにんべん)と氵(さんずい)――偏は違っていながら、旁が同じ文字が存在するからです。それは、〈彼〉と〈波〉。
楷書なら識別できますが、これを行書や草書で書くと区別がつかなくなります。

(十七帖「漢時帖」)

(集字聖教序)
※ほぼ造形が同じ、十七帖の〈彼〉と、集字聖教序の〈波〉。
集字聖教序の〈波〉は、行書としては
蘭亭序のサンズイとは異なるところから考えると、
集字聖教序では集字者 懐仁が、元々は〈彼〉だった文字を作為的に
〈波〉として刻入した可能性も考えられる。
ところが集字聖教序では、〈彼〉と〈波〉を区別できるように、〈彼〉の彳(ぎょうにんべん)部分は、しっかりそれが彳(ぎょうにんべん)であると理解できる造形の〈彼〉が載せられています。これを集めた僧 懐仁の心憎い配慮だったようにも思われます。

(集字聖教序)

(集字聖教序)

(集字聖教序)

(集字聖教序)
いずれにしても、行書、草書では、〈彼〉と〈波〉がまったく同じ姿として現れるので、注意が必要です。十七帖に〈波〉はありませんが、〈彼〉は頻出します。彳(ぎょうにんべん)の行書、あるいは草書に対する知識がないと、おそらく多くの人はこれを〈波〉と読み違えるはずです。
そこで、〈彼〉と〈波〉の二字がワンフレーズにある歌詞、「いくら好きでも あなたは遠い 波の彼方へ去ったきり、アンコ~……♪」(都はるみ「アンコ椿は恋の花」:作詞 星野哲郎)を王羲之が十七帖の感覚で書いたとしたらどうなっていたでしょう。笑いがこみ上げてきます。王羲之は〈波〉も〈彼〉も同じ字で書くのですから……。
1「あなたは遠い 波の波方へ去ったきり」
2「あなたは遠い 彼の彼方へ去ったきり」
3「あなたは遠い 波の彼方へ去ったきり」
4「あなたは遠い 彼の波方へ去ったきり」
と、四種類の翻刻が可能で、大変ややっこしいことになってしまいそうです。
しかし、これを見抜くのは人間の持つ感覚だろうと思います。それと、「書」が単に視覚的な造形だけのものではなくて、そこに書かれている文意と大きく関わるものであることも納得されるはずです。
今回は彳(ぎょうにんべん)について考えましたが、日頃なにげなく臨書している名筆でも、あらためて立ち止まって考えると、いろいろな問題が見えてくるものです。臨書は「そっくりごっこ」をしているわけではなく、そこにひそんでいる様々な書道の常識を身につける大切なトレーニングです。これをいい加減にせず、着実な認識を身につけることが、伝統文化を学ぶ者に課せられた課題と言えそうです。
財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。
『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、
『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。
NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、
今もYouTubeで視聴できる。
団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。
財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、今もYouTubeで視聴できる。団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。