「おバカな質問」にガッツリ答えます! 文/財前 謙 vol.3 理事って、偉いの?

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか?
游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、

その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、
回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。
新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか? 游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

Q 理事って、偉いの?

 異業種交流会で書家の方と名刺交換をしました。いただいた名刺の裏面には、いくつも所属団体や展覧会の「理事」と書かれていました。書道の世界では、「理事」って偉いんでしょうか?(50代男性、IT会社役員)

いただいた名刺の裏面には、
いくつもの役職が……

A 偉いかどうかは、あなたが決める問題です。

HPの情報から

 無所属無位無官の回答子は、書道の所属団体や展覧会の役職がどれほどの意味を持つものかよく知らないので、正確にお答えする資格がありません。そこで、まずは一般論として考えてみたいと思います。
 まず「理事」という職位は、法人などの団体で、運営責任者を指す役職と認識しています。たとえば、信用組合の「理事」とか、学校法人の「理事」とか、福祉法人の「理事」とか……。その場合、現場で働く職員に対しては経営側であり、企業の取締役に相当します。
 したがって、その組織内ではたしかに「偉い人」であり、各種団体では栄誉のような響きが「理事」に付随しているのも事実です。しかしそれは平時の場合であり、ひとたび組織に問題が起きれば、その全責任を負う立場でもあります。

 では書道の所属団体や展覧会での「理事」とはどういうものなのか、たくさんの書道団体や展覧会組織が存在しますので一概には言えませんが、書道関係の大きな団体で、公開されているHPの情報を見てみたいと思います。まず新聞社が関係する大公募展、毎日書道展(毎日新聞社)、読売書法展(読売新聞社)、産経国際書展(産経新聞社)、東京書作展(中日新聞社東京新聞)について。

毎日書道展
 一般財団法人 毎日書道会が主催する公募展で、毎日新聞社代表取締役社長でもある理事長以下専務理事1名、理事21名が役員名簿(2025年2月1日現在)に記載されています。

読売書法展
 読売書法会が主催する公募展で、HPの冒頭には「読売書法会は、5,823人(2025年4月9日現在)の役員書家が所属する書道団体」との記載があり、役員構成では、常任理事135名、理事1,463名(2025年4月9日現在)の名簿が掲載されています。

産経国際書展
 主催者である産経国際書会のHPには、理事長1名、理事長代行2名、副理事長11名、専務理事兼事務局長1名、常務理事52名、専管理事45名、理事61名(2025年5月1日現在)の記載があります。

東京書作展
 東京新聞デジタルの2025年第47回東京書作展の記事に、常任運営委員6名、審査員12名の氏名掲載がありますが、組織や役員を明記したHPは見つかりませんでした(2025年6月8日 閲覧)。

 これとは別に、特定の新聞社等による催しではなく、日展は公益社団法人 日展による主催運営です。日本画をはじめ他科も含めて27名の理事名簿が公開されており、その中から理事長1名や副理事長4名が選任されています。27名の理事の内、「書」の関係者は5名です。かつて評議員制度がありましたが、十数年前の組織改編により評議員はなくなり、理事以下の組織については、「書」に限定すると5名の理事と1名の監事を含め会員115名と、準会員24名、会友915名(2025年5月28日現在)で構成されています。

さらに検索

 次に、よく耳にする書道団体のいくつかを、思いつくままに検索してみました(五十音順)。

謙慎書道会
 理事長1名、副理事長1名、事務長及び副事務長5名の次に、常務理事409名、理事1,323名(2024年11月現在)が掲載されています。

公益財団法人 書道芸術院
 理事長以下17名の理事が掲載されています(2025年6月8日閲覧)。

公益社団法人 創玄書道会
 理事長以下20名の理事(2024年3月9日発効)が掲載されています。

公益財団法人 独立書人団
 理事長以下14名の理事(2024年度)が掲載されています。

公益社団法人 日本書芸院
 理事長1名、副理事長4名、常務理事45名、理事17名(2024年11月18日現在)が掲載されています。

一般財団法人 日本書道美術院
 理事長以下13名の理事が掲載されています(2025年6月8日閲覧)。

※法人格の表記はHPに拠りました。法人格の有無は、各団体に確認したものではありません。
※社団法人は人の集まりに対して、財団法人は資本に対して法人格が認められるものです。「一般」は登記のみ、「公益」は監督官庁による審査で認められた団体です。いずれも事業計画や予算と決算、人事などに透明性が求められています。また、それぞれ税制上の優遇措置に違いがあります。
※団体にはそれぞれの設立経緯や目的に違いがあり、法人格の有無、また法人名称のどれが良くて、どれが劣るといったものではありません。

 上記のような書道団体とは別に、書家が主宰する同門集団、いわゆる「社中」の組織にも、「理事」という役職を設けているところがたくさんあります。書家って、「理事」ファンなのかもしれませんね。公募展での受賞経歴などが、その基準となっている団体が多いように、回答子は認識しています。

トヨタ自動車では……

 ところで、「理事は偉いのか」というご質問ですが、「偉い」をはじめとして「――い」で終わる形容詞は、個人の見方や印象などで発せられる感情的な言葉であり、そこに普遍的な価値基準はありません。したがって、貴方がもらった名刺に書かれていた書道団体や展覧会組織の理事職が「偉い」のかどうかは、結局あなた自身がその団体に関する情報を得たうえで、判断していただくしかありません。もちろんそこには、貴方の世界観、あるいは貴方自身の生き方も反映されることでしょう。
 いずれにせよ、理事会が組織運営方針の決定機関として正常に機能し、評議員会が理事会を監視するには適正な人数が必要と思われます。企業のIR情報などを参考に、理事定員の適数値を考えてみてもよいと思います。ちなみに、日本を代表する企業の一つで、70,000人以上の社員を抱えるトヨタ自動車株式会社の取締役は10名、執行役員を合わせても15名体制です。多方面の意見を集約し、かつ迅速な意思決定をするのに必要な役員数というものもそれぞれの組織に応じてあるのでしょう。
 少なくとも年数回は開催して事業遂行と将来へ向けての組織維持発展を模索すべき理事会そのものが、あまりに理事の数が多いと、理事会会場の確保だけでも困難であるのは歴然としています。
 したがって理事の数が極端に多い団体の「理事」は、世間一般で言うところの責任を背負った理事会の「理事」ではなく、その組織のヒエラルキー名称の一つと考えられます。そのあたりも、貴方がもらった名刺の「理事」がどのようなものなのかを判断する材料にはなるのではないでしょうか。
 あらためて言いますが、考え方は人それぞれです。共鳴する人がいればそこに団体が生まれます。そして、法律上の不正がないかぎり、いずれも活動の自由が保障されています。また同様に、貴方自身がそれぞれの団体や役職をどう判断するかも、また自由です。

芸術の貴さ

 今回の回答では、HPの記載をもとに事実を基本にして述べてきましたが、最後に私自身の個人的な見解を述べおきたいと思います。
 個々の芸術活動は、あくまでも個人の営みであり、集団の階級や肩書は、個人の営みである芸術の貴さとは、本質的には無関係と考えます。これまでの芸術活動の結果として、肩書がついてくる場合もあります。しかし、そのようなキャリアのある先輩方に憧れるがあまり、その芸術的な活動より肩書の方に興味の重心が行ってしまうようなのは、いただけませんね。
 それと、芸術は競争や敵対とも無関係です。もし世の中に、競い合うばかりの書道があったとしたら、私はそんな書道は避けて、楽しく字を書いていきたいと思っています。だって、人生長くても100年、生きている間は少しでも快適に過ごしたいではないですか。
 最後に、『論語』にある私の大好きな話を紹介しておきます。

 孔子があるとき、「君たちは、どこかの国に用いられたら、何をするつもりかね」と尋ねられました。すると何人かが、政治や兵事についての抱負を述べます。
 それまで一人で琴を弾いていた曾晳(そうせき)は、発言を遠慮していましたが、孔子に催促されると、「私がそのような身分になったら、暑くも寒くもない晩春の季節に、春着を調え、青年数人、少年数人を引き連れて湯浴みに行きたいものです。その後 涼んでから、みんなで声を合わせて歌いながら歩いて帰りたいと思います」と答えました。
 孔子はそれぞれの抱負に耳を傾けながらも、ことさら曾晳に賛同の意を示されたのでした。(『論語』先進第十一)

 孔子は、「和む」ことなくして「仁」は達成できないことを説いたものと、この一章を解釈しています。徒党を組んで争う、あるいは虚栄心を誇っているようでは「和む」ことなどできるはずもありません。政治や経済と違い、文化芸術はなによりも「和む」ことが基本であるのは、言うまでもないことです。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。
『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、
『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。
NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、
今もYouTubeで視聴できる。
団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、今もYouTubeで視聴できる。団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

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