「おバカな質問」にガッツリ答えます! 文/財前 謙 vol.17 硬筆の手本なのにパソコンの文字? 字体にも決まりがある?

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか?
游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、

その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、
回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。
新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか? 游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。

Q 硬筆の手本なのにパソコンの文字? 字体にも決まりがある?

 小学生の娘が、県の硬筆展に応募するさいの氏名手本を学校から持ち帰ってきました。それはパソコン上の教科書体を太字にしてポイント数を上げ、プリントアウトしたようです。
 娘の名は「川﨑美保」といいますが、「﨑」は「崎」になっていました。また「保」の最終画は右ハライになっていますが、これをトメで書いてはいけないのでしょうか。学校では何か特別な決まりでもあるのでしょうか。(30代、小4母親)

A 「それは違うだろ」と思わなくもありませんが、学校の先生方だけを非難できない事情もあります。

 冒頭から身内の話で恐縮ですが、横浜市の公立小学校に通っていた姪が毎年正月明け、3学期開始直前にわが家へ来て、書き初めの宿題をやっていたのを思い出しました。かれこれ20年ほど前の話です。指定の縦長サイズの書き初め用紙に書くのですが、学校から配布された手本は、ご質問同様に教科書体をB4紙何枚かに印刷したものを各自で貼り合わせるようになっていました。
 ご質問は硬筆展の氏名手本ですが、横浜のこの例は毛筆指導の課題においても、パソコンの教科書体が手本になっていたのです。すでに平成の中盤にはパソコンの教科書体フォントを書写の手本とするような指導が、各地で行われはじめていたのではないかと思われます。
 ただし、「それは違うだろう」と思うのは、こちらのロジックにすぎません。それに違和感がない人には、なかなか通じない問題です。

常用漢字体について

 まず基本的な考え方を理解してください。
 学校教育では現代の国語を書き表すために、漢字使用の目安として文化庁が定めた常用漢字表2136字の習得を目標としています。そのうち、小学校6年間で学ぶ学年別漢字配当表1026字が学習指導要領で定められており、一般的にはこれを教育漢字とよんでいます(もちろん教育漢字は、常用漢字に含まれます)。
 戦後の国語政策の一つとして、漢字を減らし国語表記を簡明にする目的で、1946年に当用漢字表1850字が定められました。ところがこれは制限色が強く、その弊害を改善するため、1981年に漢字使用の「目安」として告示されたのが常用漢字表1945字です。その後、2010年の改訂で2136字に増えました。
 さて、ここで問題なのは漢字の読み方や意味ではなく、その形、すなわち字体です。字体に関しては当用漢字表が示された3年後の1949年4月に、当用漢字字体表が内閣告示されています。いわゆる新字体と旧字体の区別は、ここで生じます。
 以降、字体そのものに関しては常用漢字表になっても変更はありません。すでに日本人の大多数が、当用漢字字体表の字体(現在では常用漢字体とよぶことが多い)を義務教育で教わったことになります。
 現代の国語表記の基本は常用漢字体ですから、学校教育ではこの常用漢字体を教えるのが原則です。それ以外のいわゆる旧字体をはじめ、同じ漢字(字種)でもその形が異なる異体字まで指導するのは、学校教育の責務ではありません(なお、異体字という名称は、あくまでも常用漢字体を正字とした場合の慣用的な呼称にすぎず、なにを本字とするかで異体字も変わってきます)。
 各地にある方言と標準語の関係と同じで、異体字とよばれる種々の字体があるなかで、その混乱を避けるための常用漢字体です。もちろんそれは、常用漢字体以外の字体を否定するものではありません。常用漢字体が「目安」とうたっているのはそのことです。なにはともあれ、まずは一人の国民として、不自由なく国語生活ができることを目指すのが学校教育です。
 ご質問に即して言うなら、「崎」が常用漢字体、「﨑」はその異体字の一つと解釈するのが、現代の一般的な考え方です。どちらが正しくて、どちらが間違っているわけでもなく、そこには優劣もありません。ただ現代の標準字体が、「崎」なのです。
 一つ厄介なのは、法務省が戸籍で使える人名漢字に同一字種であっても、異体字を認めていることです。加えてそこに個人の愛着が生じますから、その配慮から特に氏名に関しては戸籍通りに書かなくてはならないと信じている人が多いのも事実です。「芥川龍之介」でも「芥川竜之介」でも、本質的には「アクタガワリュウノスケ」に変わりはないのですが、常用漢字体を基本とする教科書が「芥川竜之介」と書いていると、なんとなく違和感を覚えてしまいます。かつては高等学校の国語教科書の定番である『羅生門』の著者は、「芥川竜之介」でしたが、最近は常用漢字表の「目安」の考え方が浸透したのか、柔軟に対応されているように聞き及びます。
 書道用語では、「三蹟」「墨蹟」で親しんでいると、「三跡」「墨跡」だとなにか違うという印象を抱いてしまいます。理屈では納得していても、慣れ、あるいは思い込みから、どうしてもなじめないものがあります。しかし学校教育の立場からすれば常用漢字体を教えるのが責務ですから、「﨑」が「崎」になっていたと目くじらを立てるのは、筋違いな話と言えなくもありません。先生がわざわざ、「﨑」ではなくて「崎」と書くように指導する必要もないのではないでしょうか。世の中には、どっちつかず、グレーゾーンというものも必要なことを教えるには、まだ小学生には早すぎるので、難しい問題ですね。
 書道の立場から述べるなら、「立」の草書を知っていると、本来は「﨑」であったものが、「立」部分の草書を見誤って「大」と書くようになり、それが市民権を得て、「崎」が世の正字になっていったであろうことが推測できます。

智永「真草千字文」(小川本)より
草書の「立」

出典:中国法書選27『真草千字文』(二玄社)

 しかし肝心の問題は、「﨑」と「崎」とどちらが歴史的に正しいかではなく、すでに「崎」が大多数に認知された字体だということです。文字の第一義は、通用するかどうかです。個人的な嗜好や我執から、特殊な字体を好んで使うのは、文字としての意義を損じかねない場合もあることを心得ておく必要があります。
 再度繰り返しますが、どちらが正しくて、どちらが間違っているというのではありません。ただ、漢字の字体も時代に応じて変化するものです。また、常用漢字表は強制ではなく「目安」ですから、必要に応じ、かつ常識の範囲内で、「﨑」を使えばいいだけの話です。お子さんに向けては、その分別ができる成長過程であるかどうかを判断しながら、適切なご指導を望むところです。

手書き文字と印刷文字の違い

 ところで、「崎」の問題とは異なり、「保」については、あらためて考えなくてはならない問題をはらんでいます。
 そもそも「保」は片仮名「ホ」の字母ですから、6〜9画が「木」では片仮名の「ホ」は出てきません。狭い空間では、わざわざハライはしないで、トメで書くのが、手で書く漢字の習慣だったからです。

「元暦校本万葉集」より「保」

出典:北川博邦編『和様字典』(二玄社)

 よく小学生の書写課題として書かれることの多い、「健康」の「康」11画目や、「自然」の「然」7画目などは、トメで書くのが一般的でしたので、活字(フォント)だけを基準にして「正しい」字を書くと、なにかしら落ち着いてみていられない漢字になります。ハラウ書き方が間違っているわけではありませんが、手で書く楷書の習慣からは、どうしても違和感があります。たとえば九成宮醴泉銘の「然」7画目はハライで書いていますが、レッカ(四つの点)は少し左に片寄せて書くことで、7画目のハライとのバランスをうまくとっています。印刷文字の通りに書かなくてはいけないという縛りが、どうも邪魔をしているようです。

虞世南「孔子廟堂碑」より「然」
欧陽詢「九成宮醴泉銘」より「然」

出典:伏見冲敬編『角川書道字典』(角川学芸出版)

 そもそも書写指導では、教科書の文字と同じ字を書かせるという大原則ですが、その意味の履き違えがあることを理解し、柔軟な対応が求められます。もちろん、児童・生徒が混乱をきたさないように、配慮しながらの対応が必要であることは言うまでもありません。
 元来、文字は手で書くものでした。このことを忘れてはいけません。
 印刷文化の発達により、木版印刷が、そして活字印刷がさかんになり、現在パソコン等で使用されているフォントは活字のデザインを踏襲しています。印刷の文字は、手で書く文字の代替でしかありません。印刷には印刷の、手書きには手書きの事情があり、それぞれは本来別物なのです。だから、手で書く文字の事情を無視して、印刷の文字通りの字を書かせると、部分的な破綻をきたすのは当然です。「保」の最終画をハラウかトメルかの問題は、その象徴的な箇所でしょう。
 手書きの文字と印刷文字は、本質的に違うという自覚が必要です。
 とはいえ、ここでの回答を担任にそのままぶつけるのでは、なにも生まれません。適宜、お子様に向けても、担任に向けても、どう対応すべきかを考えて、より良い選択と対処を判断していくしかないと思います。

手本通りに書かせることが書写の本命なのか

 そこでようやく、質問の本題に入ります。質問者が違和感を覚えられたのは、「崎」や「保」の問題ではなく、手本がパソコンからプリントアウトされた教科書体のフォントだったという点です。
 硬筆展の課題手本はどなたかの書いた印刷物があったとしても、氏名の参考としての手本は、児童・生徒一人一人に準備しなくてはならず、担任の先生のご苦労を察しないわけにはいきません。日ごろ書道に関係している立場からすると、学校の先生ならそのくらい書けて当然と思いがちですが、それは立場を変えれば、いきなり私に、「明日からは一切英語で授業しろ」といわれているようなものかもしれません。そうしたら、スマホの翻訳機能を使って、あらかじめ授業内容を英訳して、それを頼りに、たどたどしい英語で授業をしている自分の姿しか想像できません。したがって、担任の先生が教科書体をプリントアウトしたことを一概に批判することはできません。教科書体の氏名手本であっても、児童一人一人にそれを準備しただけでも、この先生は誠実だと見ることもできます。
 実際に、大学の教員養成課程で書写指導に関わる単位がどれほどかを知る身としては、先生方の責任にすることはできません。教員養成のプログラムの中で、また国語教育そのものの中においても、書写がそれほどまでには重視されていないからに他なりません。
 しかし、システムが「書写」軽視なこと以上に、時代の推移の中で「書写」に対する関心度が薄れていったことが原因としては大きいのではないでしょうか。かつてなら、小学校教員になるには、少なくとも板書をはじめ様々な場面で字を書かなくてはならなかったので、教員一人一人に書写能力の向上を目指す機運がありました。しかし、現在の教育現場では、デジタル機材の活用が推奨され、パワーポイントやデジタル配信による授業が可能な状況で、黒板さえ不要な教室風景に変化しています。先生方は、少しでも字を正しく整えて書かなくてはいけないなどと考え、自己向上に努めるよりも、そのようなデジタル機器の使用に慣れ、その準備作業に忙しくなってしまっていることが原因の一つとして考えられます。
 ところが、年明けには書き初めコンクールなどがあり、冬休みの宿題には書き初めの作品提出が求められる、従来からの流れが続いていることとのギャップが、そこにはあります。
 われわれ現代の日常生活では、字そのものを手で書くことをほとんどやっていないのが現実です。老いも若きも、スマホを片手にし、文章作成はパソコンで行うのが大半です。字を正しく、整えて書くことの必要性は、この30年で極端に激減したわけで、30年前に大学生だった先生方はもう50歳を過ぎています。従来通りの書写がいかほど必要であるのかを、あらためて考える時期に来ていますが、学習指導要領の発想は従来とさして変化がありません。こう書くと、まるで書写不要論のように思われかねません。従来のように字を整えて書くのではなく、書写がもつもっと根本的な意味について理解する必要を思わずにはいられないのです。
 戦前のように、「習字」が科目として独立しているのではなく、「書写」はあくまでも国語科の学習内容の一部です。母国語、つまり国語の能力なきところに、学力の伸長は望めません。それは人間の能力が、言語に依存しているからです。その国語力の基本の一つに文字力があり、その文字の習得のためにこそ「書写」が必要です。殊に日本語の場合、習得に厄介な漢字を少なくとも二千字程度身につけないと、その先の学力伸長が期待できません。したがって、漢字を習得するのに、それを苦痛ではなく、スムーズに行える素地としての「書写」が求められます。書写が書写だけで終わらずに、書写の経験が学習全般に活かされてこそ、書写の意味があります。
 ところが世間では相変わらず、手本のような字が再現できることが優秀とされる慣習が、今も続いています。書写に手先の器用さを求め、コンクールスタイルでそれを競わせることをやり続けています。大事なのは、手本のような字が書けることではなく、誰が読んでも読みやすい字を書こうとする気持ちを養成し、字を丁寧に書く習慣を身につけることが大事です。そのあたりの行き違いが、書写にさまざまな問題を引き起こしているのです。パソコンが普及し始めて30年、そろそろ書写に対する視点を、あらためて見直すべき時に来ているように思われます。
 聞くところによれば、近々「日本の書道」がユネスコ無形文化遺産に登録されるのが確実なようですので、来年度に予想される新しい学習指導要領で「書写」が外されることは、まずないでしょう。しかし、ユネスコ無形文化遺産がかなってお祭り騒ぎをしている間にも、さらに時代は急激に変化していくことを忘れてはいけません。10年後、あるいは20年後の学習指導要領の改訂で、世の中の変化で「書写」がいつまでも学校教育に存在するという保証はどこにもありません。時代に即した、「書写」の本来あるべき姿を、真剣に関係者こぞって考える時期にきていることは確かなのです。

国語教育の中の書写

 最後に、今後の書写を考えるのに参考となる取り組みを二つ、紹介しておきます。

 一つは、都内にある公立小学校の取り組みです。同校校区内にお住まいの書家 豊道渓峻さんが、何年か前から出張授業で書写指導した成果が、同氏が理事長を務める公募瑞雲展の会場(東京都美術館)に併設発表されていて、今年7月にその取り組みを知りました。ご存知のとおり、同氏の祖父は豊道春海、父は印南渓龍と三代にわたる書家の家系です。同校には、豊道春海揮毫の扁額も掲げられているとのこと。
 わたしが特に注目したのは、6年生には揮毫する言葉を自分で考えて、自由に書かせている点でした。従来の書写指導では、たいてい揮毫する言葉は決められていて、それをいかに正しく、整えて書くかに重点が注がれてきました。しかし、豊道氏の指導では書く言葉、文字までもが自由です。決められた語句を書くのではなく、自分が決めた言葉を書く、自己決定のよろこびがそこにはありますから、自我の目覚め始める年齢の6年生でも退屈ではありません。
 また、たいてい書写の課題は語句を書くのですが、同校6年生が書いていたのは単語ではなく、文章でした。「人々にまもられている」「ていねいに最後までやりぬく気持ち」……等々。国語教育における「書写」のあるべき姿が、そこにはあるように感じられました。
 その名前から、おそらく外国人男子と思われる児童の書いた、「みんなを大事に 学校を楽しく」という一枚は、特に記憶しています。コンクールで賞をもらうような清書ではありませんが、一生懸命に、丁寧に書いています。はからずも日本語で言葉を操り、それを書いていることに感銘を受けずにはいられませんでした。まさに日本語の基礎としての「書写」の姿だったのです。

 もう一件は、大分県内の小学校で校長まで勤められ、長く書写教育に携わってこられた牧泰正(泰濤)さんが、十数年前から始めた「世界夢一文字コンテスト」です。
 コンテストと言っても、出品料は無料。出品者は郵便往復ハガキに漢字一文字を書き、宛先面下半分のスペースにその文字を選んだ理由を書いて投函し、その作文内容も審査の対象となる──まさに、国語と書写・書道が一体化した取り組みです。
 回を追うごとに応募は全国に広がり、数年前からは台湾やカンボジア、フランスなど世界各地からも応募してくるようになったといいます。優秀作品は毎年4月、大分空港の出発ロビーに展示されます。海外や関東、関西、中京圏からの出品者は航空路で展示されている自分の作品を見に来ますから、地方空港の利用者増にも貢献しています。そしてここまで来ていながら、その先にある湧出量日本一の 別府温泉や、同2位の湯布院温泉に寄らずに日帰りするとは考えられませんから、きっと観光業振興にも貢献しているのではないでしょうか。
 よくあるように、あらかじめ課題があって、それを書いて技を競わせるのではなく、自ら一文字を選び、その文字への思いを自ら文章化して書き、それを披露する取り組みは、きっと長い教職経験と、そこに生じた書写教育への疑問が、企画の原点にはあったことでしょう。おそらく、将来に向けての書写教育の先駆となるはずです。

 これ以外にも、わたしが知らないだけで、全国でたくさんの取り組みがなされているはずです。それはきっと、一律な書写教育を一歩前に進める取り組みであるはずです。そして、そこに国語力の基本としての文字力養成が、書写の実践を通して、スムーズに浸透するように工夫されているとしたら、それこそ日本の文化力であり、将来にも残したい文化遺産なのだろうと思うのです。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。
『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、
『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。
NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、
今もYouTubeで視聴できる。
団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、今もYouTubeで視聴できる。団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。

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