文字遊戯 文/北川博邦 第4回 趙直の占夢(一)

北川博邦(きたがわ・ひろくに)

昭和14(1939)年生まれ。國學院大學大学院博士課程日本史学専攻修了。文部省初等中等教育局教科書調査官(国語科書写・芸術科書道担当)を経て、國學院大學教授を務める。日本篆刻社を創弁し『篆刻』雑誌を編輯刊行。

編著に『清人篆隷字彙』(雄山閣出版、1978年)、『日本名跡大字典』(角川書店、1981年)、『和様字典』(二玄社、1988年)、『日本上代金石文字典』(雄山閣出版、1991年)、『章草大字典』(雄山閣出版、1994年)、『モノを言う落款』(二玄社、2008年)など。

第4回 趙直の占夢(一)

 拆字は占卜の法の一種として、測字、破字、別字などとも呼ばれ、宋時には相字と呼ばれ、この稱が廣く行われている。個人の吉凶禍福を言うものであるが、後代の相字のように、その人に随意の一字を書かせ、それを離拆して占うというものではなかった。夢に見た物や事を文字に置き換えて占うというのは、他國の夢占いには無き所であり、さすがに彼の國は、文字無くしては埒の明かぬ國と言うべきであろう。

 占夢に文字を用いたことは古くからあるが、三國の蜀に趙直という人がいた。このひとは恐らく占夢の專家として史上に名を留めた最初の人であろう。蜀志魏延傳に、「延、頭上に角を生ずるを夢み、占夢の趙直に問ふ、直、延を詐りて曰く、夫れ麒麟は角有り、而れども用ひず、是れ戦はずして、賊自ら破れんと欲するの象なりと。退きて人に告げて曰く、角の字たる、刀下の用なり。頭上に刀を用ふるは、其れ凶甚し」と。後に魏延は叛を以て斬られたのである。前回の董卓の條に、拆字の法は、上から下に、左から右にというのが定式であるかのように言っているが、これは董卓が臣でありながら上を蔑(なみ)する者であったので、定式に反して千里草、十日卜と下から上へと卜した特異例であるとしているが、そんなことはない。どこからどのように拆してもよいのである。

 さて、それでは「角」字は用刀であるか。漢印の文字は篆書であるにもかかわらず、下を用に作った者がある〈圖1〉。

 隷書では、今の活字のように作る者と、下を用に作る者とが相半ばするが〈圖2〉、楷書になるとみな下を用に作るようになる。三國の時には、下を用に作る者が廣く用いられていたのであろう。

「角」漢印
漢印「角」(上圖は用の形)

圖1 漢印「角」

隷書張角等字残石「角」
後漢 張角等字残石(現在の活字の形)
曹全碑「角」
後漢 曹全碑(用の形)

圖2 隷書「角」

 占夢の趙直の話がもう一つある。これは後の相字にも大きくかかわってくるものであるから、見過ごすわけにはゆかない。

(次回へ続く)

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