文字遊戯 文/北川博邦 第20回 超平仄(二)

北川博邦(きたがわ・ひろくに)

昭和14(1939)年生まれ。國學院大學大学院博士課程日本史学専攻修了。文部省初等中等教育局教科書調査官(国語科書写・芸術科書道担当)を経て、國學院大學教授を務める。日本篆刻社を創弁し『篆刻』雑誌を編輯刊行。

編著に『清人篆隷字彙』(雄山閣出版、1978年)、『日本名跡大字典』(角川書店、1981年)、『和様字典』(二玄社、1988年)、『日本上代金石文字典』(雄山閣出版、1991年)、『章草大字典』(雄山閣出版、1994年)、『モノを言う落款』(二玄社、2008年)など。

第19回 超平仄(二)

前回からの続き。巖谷一六先生はダジャレ好き。腸閉塞に罹患してからは、「超平仄」(平仄にとらわれずに漢詩を詠むこと)とかけてますます楽しんだとか。今回は超平仄に関連した文字遊びのお話です。

 さてその一六先生、ダジャレばかり言ってフザケてばかりいたかというと、そんなことはない。官に仕えては、それなりのかなり上の位階にあり、詩文にも相應の才があり、従五位日下部東作などは足許にも及ばない。晩年、腸閉塞をわずらったが、これもダジャレの種として、以後は超平仄と稱して、平仄おかまいなしのデタラメな漢詩モドキ、漢詩マガイの者を作っていたという。

 漢字には一字ごとに聲調があり、また韻がある。聲調には平上去入の四種があり、上がったり、下がったり、曲がったり、つまったりする調子、これを四聲という。平たく言えばアクセントのような者である。今のシナの標準語である普通話にも四聲があるが、實は入聲がなくなっているので、平聲の上平と下平とをそれぞれ一聲とし、四聲としてつじつまを合わせているのである。

 吾が邦人が漢字を用いる時は、四聲だの韻だのにかかわることは全くない。つまり始めから終りまで、すべて超平仄なのである。そのような超平仄の漢字の遊びの種々相を記した者に、淺野梅堂の寒檠璅綴がある。今その中の一つを擧げておこう。

 ある人が若年寄と言ったところ、それに廣小路とつけた人があった。若年寄は幕府の職名であるが、本来若い年寄なんている筈がない。小路とはもともと狭い路であり、廣い小路などある筈がないが、廣小路という地名は現に在り、もっとも知られているのは、東京上野に在る。

 つけるというのは、ある者にそれに對應する者をもってきて當てるということ。つまり對句仕立にすることである。

 梅堂はこの一例しか擧げていないので、私が日常身邊で見かけたり使用したりする者等について、そんな者があるかないか、少しさがしてみたら、あるはあるは、いくつもあった。以下にそれらを擧げてみよう。

 古新聞、裏表紙、出入口、紅白粉、豆大福(豆には小の意味がある)、冷暖房、など。皆さんもちとボケ豫防のために、オツムの體操をしてみてはいかが。

※著者の意向によりシナと表記しています。

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