文字遊戯 文/北川博邦 第19回 超平仄(一)

北川博邦(きたがわ・ひろくに)

昭和14(1939)年生まれ。國學院大學大学院博士課程日本史学専攻修了。文部省初等中等教育局教科書調査官(国語科書写・芸術科書道担当)を経て、國學院大學教授を務める。日本篆刻社を創弁し『篆刻』雑誌を編輯刊行。

編著に『清人篆隷字彙』(雄山閣出版、1978年)、『日本名跡大字典』(角川書店、1981年)、『和様字典』(二玄社、1988年)、『日本上代金石文字典』(雄山閣出版、1991年)、『章草大字典』(雄山閣出版、1994年)、『モノを言う落款』(二玄社、2008年)など。

第19回 超平仄(一)

 巖谷一六という先生は、ダジャレが大好きな人であった。官に仕えていた時、官司は毎月一の日、六の日が休暇であったので、一六と號した。休暇の日をドンタクと言ったので、またの號を呑澤とも言った。

 この一六先生、ある時琵琶湖のほとりにある妓樓に登った。樓主は一六先生の御到来というので、下にも置かぬおもてなし。この樓から見はるかす湖の風光はなかなかの絶景。一六先生しきりに感心していると、樓主これにつけこんで、先生是非共この景色を表わす語を以て、この樓に名づけ、併せて御揮毫賜りたく、この段特にお願い申し上げます、と頼みこんだ。一六先生しばらく考える風をしていた。この時一六先生の頭の中は、うまいダジャレをひねり出そうとしてフル回轉していたのである。

 さほど間を置かず、一六先生曰く、ウム、良き名を思いついた。湖に滿ち霞を餘すの樓というのはどうぢゃ。樓主これを聞き、良き名でございますなと大喜び。すぐに揮毫を請い、書き上がった者を見ると、これまた見事な出来。早速額に仕立てて、人々に見せびらかした。見せられた人々、仲々良き名、それに書もまた見事と口々にほめそやした。

 何ぞ圖らん、これこそ一六先生のダジャレのケッサク。妓樓の名をダジャレでつけた者としては、古往近来これの右に出づる者はあるまい。

 さてその一六先生、ダジャレばかり言ってフザケてばかりいたかというと、そんなことはない。官に仕えては、それなりのかなり上の位階にあり、詩文にも相應の才があり、従五位日下部東作などは足許にも及ばない。晩年、腸閉塞をわずらったが、これもダジャレの種として、以後は超平仄と稱して、平仄おかまいなしのデタラメな漢詩モドキ、漢詩マガイの者を作っていたという。(次回に続く)

巌谷一六作品
五言律詩 陶淵明「飲酒 其八」
巌谷一六(1834~1905)
官僚、書家、漢詩人
日下部鳴鶴、中林梧竹とともに「明治の三筆」と称される
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 

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