文字遊戯 文/北川博邦 第13回 印章謎と謎語入印(二)

北川博邦(きたがわ・ひろくに)

昭和14(1939)年生まれ。國學院大學大学院博士課程日本史学専攻修了。文部省初等中等教育局教科書調査官(国語科書写・芸術科書道担当)を経て、國學院大學教授を務める。日本篆刻社を創弁し『篆刻』雑誌を編輯刊行。

編著に『清人篆隷字彙』(雄山閣出版、1978年)、『日本名跡大字典』(角川書店、1981年)、『和様字典』(二玄社、1988年)、『日本上代金石文字典』(雄山閣出版、1991年)、『章草大字典』(雄山閣出版、1994年)、『モノを言う落款』(二玄社、2008年)など。

第13回 印章謎と謎語入印(二)

(前回から続く)

 吾が邦に於ては、この類の印は極めて稀少である。圖1は比田井天來の用印。沙上の盟と言えば、誰しも鷗盟を思い浮かべるであろうが、盟主ともなると鷗よりも格上の者でなければならない。となれば、それは當然「鴻」である。比田井天來、名は鴻、つまりは天來の名の謎語なのである。

比田井天来用印「沙上盟主」
圖1 河井荃廬刻 比田井天來用印
「沙上盟主」

 さて、今回の話の目玉は、圖2の三印である。これは岩切誠さんから教えられ、おまけにその印影のコピーまでいただいた。まことに難有いことと感謝申し上げる。既に岩切さんがどこかに發表されているかもしれないが、それほど廣くは知られていないようなので、ここに紹介しておく。

圖2 佐藤春夫檢印

 これは佐藤春夫が自著の檢印に用いた者であり、上の二印は「三人跨日、二人戴之」(三人日に跨り、二人之を戴く)。下の印は戴を載としている。三人日を合して「春」、二人を合して「夫」。名の春夫の二字を謎語に仕立てたのである。

 ただ「跨」「戴」の二字には、いかにも吾が邦人らしき感性、つまりちと和臭があるように思われる。私ならば、ここは覆載または乘負の字を用いたい所である。それにしても佐藤春夫先生、相應に漢籍も讀誦していたようで、その邊にころがっている、いわゆる「文士」なる連中とは格別の差があると言うべきである。

佐藤春夫 [著]『思ひ出のなかから』,佐藤春夫,[19--]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2532521 (参照 2023-06-17)
佐藤春夫 自筆原稿
『思ひ出のなかから』
国立国会図書館デジタルコレクションより
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