文字遊戯 文/北川博邦 第10回 離合〈文字をわかつ・あわす〉(五)

北川博邦(きたがわ・ひろくに)

昭和14(1939)年生まれ。國學院大學大学院博士課程日本史学専攻修了。文部省初等中等教育局教科書調査官(国語科書写・芸術科書道担当)を経て、國學院大學教授を務める。日本篆刻社を創弁し『篆刻』雑誌を編輯刊行。

編著に『清人篆隷字彙』(雄山閣出版、1978年)、『日本名跡大字典』(角川書店、1981年)、『和様字典』(二玄社、1988年)、『日本上代金石文字典』(雄山閣出版、1991年)、『章草大字典』(雄山閣出版、1994年)、『モノを言う落款』(二玄社、2008年)など。

第10回 離合〈文字をわかつ・あわす〉(五)

 籍貫、姓、名、字を離合により詩に作ることは、後漢末に盛んになったというが、今に傳わる者はそれほど多くはない。それらの中でとりわけよく知られている者は、孔融の作である。これは魯国孔融文擧の六字を離合した者である。傳本により多少字句に異同があるが、今はその中でわかりやすい者を取って記そう。


 詩に云う、「漁父屈節、水潛匿方。與時進止、出寺弛張。呂公磯釣、闔口渭旁。九域有聖、無土不王。好是正直、女回于匡。海外有★、隼逝鷹揚。六翮將奮、羽儀未彰。虵龍之蟄、俾也可忘。玟璇隱曜、美玉韜光。無名無譽、放言深藏。按轡安行、誰謂路長」と。(★は隹と乚を合わせた漢字。下記参照、以下同じ)

★印の漢字
隹と乚を合わせた形

 以下これを讀解してみよう。「漁父節を屈し、水潛みて匿方す」とは、漁から水を去って魚。「時と與に進止し、寺を出でて弛張す」とは、時から寺を去って日、魚と日とを合して「魯」となる。

 「呂公磯に釣り、口を渭旁に闔づ」とは、呂から口を去りて口、呂字は隷楷ともに口を二つ重ねた形に書くのが通例で、印刷體(活字)に作る例はほとんどない。「九域に聖有り、土として王ならざるは無し」とは、域から土を去り或。口と或とを合して「國」となる。

 「好し是れ正直、女は匡に回る」とは、好から女を去り、子となる。「海外に★有り、隼逝きて鷹揚す」とは、★から隹を去り、乚となる。子と乚を合して「孔」となる。★はあまり見かけない字であり、隷辨に「度尚碑― 彼海外、隷釋云、即截字」という(圖1)。宋の婁機の漢隷字源には「度尚碑― 彼海外、績莫匪嘉、即截字」(圖2)とある。

★印の漢字
隹と乚を合わせた形
隷辨などには「即【截】字」とある
隷辨「𠃲」
圖1 隷辨「★」
漢隷字源「𠃲」
圖2 漢隷字源「★」

 「六翮將に奮はんとするも、羽儀未だ彰らかならず」とは、翮から羽を去って鬲、「虵龍の蟄するや、也をして忘るべからしむ」とは、虵から也を去って虫。鬲と虫とを会して「融」。

 「玟璇曜を隱し、美玉光を韜む」とは、玟から玉を去って「文」。ここは他と合するまでもない。
 「名無く譽も無く、放言して深く藏す」とは、譽から言を去って與。「轡を按じて安くにか行く。誰か謂ふ路長しと」とは、按から安を去って、「扌(手)」。與と手とを合して「擧」。めでたく「魯國孔融文擧」の六字ができあがった。
 魏晋以降、離合詩を作る者が多く出て、それぞれ巧思を加えているが、さほどおもしろいものはない。

(次回に続く)

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