
増田 孝(ますだ・たかし)
1948年生まれ。東京教育大学卒業。博士(文学)。愛知文教大学教授、学長を経て、現在、愛知東邦大学客員教授。公益財団法人永青文庫評議員。テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」鑑定士。
主な著書に『光悦の手紙』(河出書房、1980年)、『茶人の書』(文献出版、1985年)、『書の真贋を推理する』(東京堂出版、2004年)、『古文書・手紙の読み方』(東京堂出版、2007年)、『書は語る 書と語る 武将・文人たちの手紙を読む』(風媒社、2010年)、『本阿弥光悦 人と芸術』(東京堂出版、2010年)、『イチからわかる 古文書の読み方・楽しみ方』(成美堂出版、2024年)、“Letters from Japan’s Sixteenth and Seventeenth Centuries”(Institute of East Asian Studies, University of California, Berkeley, 2022)など。
第46回 本阿弥光悦筆「蓮下絵百人一首和歌巻」(7の4) 復元の試み
和歌番号21は欠落している。今回以降は、複製本(焼失部分)が作られる以前に散佚したもののうち、これまでに再発見された断簡を、できる限り集めて補いながら、考えをすすめる。
(1)和歌番号22~26(図1)

(昭和美術館蔵 33.4×67.4cm)
図版出典:『大琳派展』(2008年 東京国立博物館)
文屋康秀
22 吹からに秋の草木のしほる
れはむへ山風をあらしと
いふらむ
大江千里
23 月見れは千〻に物こそ
悲しけれ我身ひとつ
の秋にはあらねと
菅家
24 此たひはぬさもとりあへす
手向山紅葉の錦神の
まに/\
三条右大臣
25 名にしおハヽ逢坂山のさねかつら
人にしられてくるよしもかな
貞信公
26 小倉山ミねの紅葉ハ心あらハ
今一度の御幸また南
22~26は昭和美術館(名古屋市)に現存する(図1)。また、この断簡は『本阿弥光悦』(『書道藝術』第18巻 1976年)には掲載されていないところから、同書刊行時にはまだ存在が未確認だったことが考えられる。
書式をみると次のようになっている。
22 3行書き
23 3行書き
24 3行書き
25 2行書き
26 2行書き
ここには5首の和歌が書かれる。うち、2行書きにしているところが2首、3行書きにしているところが3首ある。これまでは2行書きばかりであったものが、前半50首の中ほどにいたって、3行書きを混用し始めたというふうに考えてよいであろう。こうすることで、書の印象は変化するのである。
3行に書けば、字粒が大きくなることはいうまでもないことで、これにより漢字・仮名の対比はいっそう表現しやすくなるであろう。したがって、光悦様式特有の、漢字の持つ重厚さが強調され、それに対して細線を用いる仮名はいっそう軽妙で伸びやかとなり、強弱、抑揚などが強く打ちだせる。メリハリの利いた書になるのである。この断簡のあたりにきて、巻子の当初にみられた、ある堅苦しさのようなものはほとんど感じられなくなる。緊張が徐々にほどけてきた印象を受ける。
下絵に蓮葉が俯瞰的に描かれていることは、前回の1・2図と同様である。そして、蓮葉には大小や濃淡の差もつけられ、微妙に濃淡の異なる金泥を配していて巧みである。このような書と下絵との拮抗というか、バランスの妙は、見ていて飽きないものがある。
2行書き・3行書きの書式を混用することによって、変化してくること。それは、いままで1紙に7首ずつ書いていたものが、3行書きにすることで、料紙1枚に書く歌数が5~6首ほどに減少する。
(2)和歌番号27~32(図2)
ここから再び複製本に戻ることとなる。和歌は、前掲図1(26)につながる。

───(継ぎ目)───
中納言兼輔
27 みかのハら湧て流るいつミ川
いつミきとてかこひしかるらむ
源宗于朝臣
28 山里は冬そさひしさまさり
ける人目も草もかれ
ぬとおもへは
凡河内躬恒
29 心あてに折ハやおらむ初霜の
をきまとハせるしらきくの華
壬生忠見
30 有明のつれなく見えし
別より暁ハかりうき物ハ
なし
坂上是則
31 あさほらけ有明の月と
見るまてニ芳野の里に
ふれるしら雪
春道烈樹
32 山川にかせのかけたるしから
みは流もあへぬ紅葉なり
けり
───(継ぎ目)───
ここには6首が書かれる。
27 2行書き
28 3行書き
29 2行書き
30 3行書き
31 3行書き
32 3行書き
27から32までが切れ目のない1枚の料紙に書かれる。ここは2行書きが2首、3行書きが4首、計6首を書いている。図1の断簡に比べると、3行書きが増えている。これにより、いっそう字粒は大きくなる。前半50首のうち、ちょうど半ばあたりから、光悦様の特徴である大らかさや抑揚が、さらに効果的に表現される。
下絵にみえる、小さな円形の蓮葉はとても可愛らしい。ところで、本料紙中には継ぎ目は確認できない。前半50首中はすべて延べ書きされているのであるが、そのなかでもこのあたり以降は、書としてのでき映えのよくなっているところである。後半50首に見られる、動きをもつ散らし書きとはちがった、静的な作品として眺めるべきであろう。
(3)和歌番号33・34(図3)

(個人蔵 法量不詳)
図版出典:『國華』1403号(2012年 國華社)
紀友則
33 久方の光のとけき春の
日にしつ心なく華の
散らむ
34 誰をかもしる人にせむ
高砂のまつもむかしの
友ならなくに
33・34を書いている。2首ともに3行書きである。書の調子は前前紙、前紙と同様とみてよい。ここでは、33紀友則の歌3行目「散らむ」の3字を約2字ほど下げて書いている。おそらく、この3字は短くなることを考慮して、敢えてこの位置にしたものと推察される。重厚な漢字の部分と軽妙で伸びやかな仮名との対比がなんとも美しい。
下絵の上部には小さく、中ほどには大きく蓮葉を描いている。蓮葉の形もそれぞれ変化し、単調さを感じさせない、見事なものである。
(4)和歌番号35~37(図4)

(個人蔵 33.3×58.3cm)
図版出典:『國華』前掲書
紀貫之
35 人はいさ心もしらす
故郷ハ華そむかしの
香にゝほひける
清原深養父
───(継ぎ目)───
36 なつの夜はまた宵なから
明ぬるを雲のいつこに
月やとるらむ
文屋朝康
37 白露のかせに吹しく
秋の野はつらぬき
とめぬ玉そちりける
図4のほぼ中央(36「清原深養父」「なつの夜は…」との間)にある継ぎ目は、和歌も下絵も連続しているので、これはもともとの料紙の継ぎ目である。
ここでは各和歌を3行書きにしている。こうすることにより、文字の大小、強弱の変化がつけやすくなる。そのことは、35の「人はいさ心も」「故郷」「華」、36の「雲の」「月」、37の「白露の」「野はつらぬき」などに見られるように、光悦様の肉太の文字はじつに重厚となり、また、35「しらす」「そむかし」「にゝほひける」、37「そちりける」などのような細い伸びやかな仮名の連綿のように、繊細な鋭い書もまじえ、光悦様式の特徴の細太の変化が見事にあらわされている。以前のような2行書きの部分と比較してみれば、こうした違いを強く感じることができる。
冒頭は2行書きで始めた百人一首は、前半50首中の中ほどにおいて、3行書きを交えることを試行することで、光悦書の美がいっそう発揮されるようになったことを知ることができる。