今月の名品 vol.53 曹望憘造像記

「曹望憘造像記」
光和書房本
(原刻)

曹望憘造像記
陳介祺拓本
北魏・正光6年(525年)

文/伊藤 滋(木雞室)

 清朝嘉慶年間に山東から出土し、清末の偉大な金石家・陳介祺の有に帰した。造像記であるが、主体の像は失われ、その台座が伝わり、4面の裏面に「曹望憘造像記」が刻され、他の3面は、画像刻されている。鋭く雄強な六朝楷書の典型とでも云うべき見事な書風である。しかし、伝来する原刻拓本は、非常に少ない。陳介祺没後、原石は海外に運ばれたようであり、金石書にはフランスの博物館に所蔵されていると。最近の情報では、フランスから米国のペンシルベニヤ大学博物館に所蔵されていると。ネットで確認するとペンシルベニヤ大学博物館データベースから原石の鮮明な写真を見る事ができた。
 ここに示したのは、陳介祺の簡単な題記と鑑蔵印が捺された原刻精拓本であり、上から3段が画像拓で、4段目が、造像記の銘文である。原刻拓の影印資料としては、『書品』137号に松井如流先生の旧蔵本が、4面とも原寸大で印刷され折り込み収録されている。
 今回取り上げた「曹望憘造像記」は、軸装に仕立てられている。上段は、造像記原石の前面画像で、獅子が左右に向かい合わせに配され、2段目は馬を後ろに、従者を伴った曹望憘の行列が、3段目は、曹望憘の妻の行列が、丁寧な線刻で表現されている。「曹石前」「曹石左」「曹望憘」「右 曹妻」の書き入れは、陳介祺によるものであろう。題記に併せて「斉東陶父」「海濱病史」「万印楼」「半生林下田間」「簠齋蔵石」の鑑蔵印が捺されている。

「曹望憘造像記」
光和書房本
(原刻)
「曹望憘造像記」
光和書房本(原刻)より
陳介祺の題記と鑑蔵印

 この拓は、以前に目にしたことがあるように感じられ、家蔵の資料を確認すると、2008年頃に写した画像データを見いだした。また戦前の昭和17年に清雅堂から刊行された『六朝造像銘精萃』に「曹望憘造像記」の銘文のみを収録する。比較すると拓調の拓墨の濃淡等、更に左端に捺された「簠齋蔵石」の印の位置も同じであり、ここに紹介する陳介祺拓本が、底本として使用されていることを確認した。戦前に金石碑法帖を取り扱っていた清雅堂が底本に使用し、その後売り出されたのであろうか。

『六朝造像銘精萃』より
(清雅堂、昭和17年)
「曹望憘造像記」
光和書房本
(原刻)

 早くに原石が流失したせいで、取拓された拓は、それほど多くないようであり、古くから翻刻拓本が、多く流布している。小生もこれまで3件ほどの翻刻を手にしてきた。原刻は、唐雲旧蔵の1件のみである。中国ネットで検索すると有名な刻石であり、多くの資料を見る事ができるが、原刻拓本を紹介するものが少ない。出てくる多くの画像は、翻刻拓本ばかりである。

左:光和書房本(原刻)
中央:ハーバード本(翻刻)
右:バークレイ本(翻刻)

 原刻と翻刻との銘文部分の比較図版を参考に示した。字画の部分を拡大比較すれば、明確に原刻との相違を見る事ができる。また翻刻は、原刻石に見られる魚子紋がなく、石質も異なる。原刻は山東特有の魚子紋がある石質であり、「高貞碑」や「武梁祠画像刻石」と同質の石を用いている。また陳介祺の鑑蔵印の字画も明らかに異なる。
 ネット上には、朱拓の翻刻拓本も見られる。この朱拓本は、石質に魚子紋らしき文様が見られるが、仔細に比較すると翻刻である。これら翻刻拓本は、更に各種の資料と比較検討すると、前者の陳介祺の偽造印が捺された翻刻拓本は、米国のハーバード大学の拓本データベースに、後者の朱拓の翻刻拓本は、米国のカリフォルニア大学バークレイ校の拓本データベース所載の拓本であった。それほど、この「曹望憘造像記」の原刻拓本は、得難いということができようか。

「曹望憘造像記」
ハーバード本
(翻刻)

図版出典:Harvard Library
「曹望憘造像記」
バークレイ本
(翻刻)

図版出典:UC Berkeley Library
「曹望憘造像記」
原石

図版出典:Penn Museum Online Collections
「曹望憘造像記」
光和書房本
(原刻)

◉資料提供/光和書房

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