疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか?
游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、
その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、
回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。
新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。
疑問を持ちつつ、なんとなくそのままにしていることってありませんか? 游墨舎スタッフが耳にした素朴な(おバカな?)疑問(Q=Question)を、その道のプロフェッショナルの方々にお尋ねし、回答(A=Answer)をまとめていた以前の連載「書道に関するおバカな質問」を一新。新シリーズでは、書家であり研究者でもある財前謙氏が、とことんガッツリお答えします。
Q どうして男流書道展はないのでしょう?
書道部所属の男子高校生です。同じ書道部女子は毎日女流書展に入選し、推薦入試の実績が一つ増えたと喜んでいますが、もとより僕には応募資格がありません。どうして男流書道展はないのでしょう?(17歳、学生)
A 長く男性優位だった過去の負債を背負わされてるのかな……。
ネット上で確認できる女流展
たしかに女流展はいくつか思いあたりますが、「男流展」は聞きませんね。ご質問にある毎日女流書展をネットで検索してみると、次のような要項を確認することができます。
毎日女流書展
主催 毎日新聞社・西部毎日書道会
後援 島根・山口・福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄各県
山口・福岡・熊本・大分・宮崎 各県教育委員会
福岡市、北九州市、福岡市教育委員会
(公財)福岡市文化芸術振興財団、RKB毎日放送
今年で第50回目を迎え、その記念展が6月下旬に福岡県立美術館で開催されました。本展は公募展で、公募規定の第1項目に「高校生以上の女性」と記載されています。
後援を見ると山口・島根両県を含む九州・沖縄地域の展覧会のようですが、わたしが知るかぎり、東京都内の某女子大学書道部では毎日女流書展への出品を年間活動計画の大きな柱にし、展覧会期間中に福岡へ行くのが書道部恒例の行事になっているような例もあります。しかし、応募規定が「高校生以上の女性」とあるので、残念ながら男子高校生の出品はかないませんね。
同じ福岡県立美術館を会場に、近年まで読売女流書法展も開催されていました。公式な情報はあまり得られませんが、ネット上の断片的な情報をもとに、その全体像を推測することはできます。
読売女流書法展
主催 読売新聞社
後援 文化庁など
2022年の第38回展を告知する福岡県立美術館のHPには、
高校生以上の女性書家を対象とした公募展。日展や県展などで入選歴のある書家が多数出品。漢字・かな・篆刻の各部門に出品された公募の入選以上と会員の作品を展示する。約1000点を展示予定。
(https://fukuoka-kenbi.jp/exhibition/2022/0311_14660/)
と掲載されています。
読売書法会HP(2017年3月1日記事)には、「読売女流書法展 作品募集」とのタイトルで、
女流書家の活躍の場を広げることを目的とした「第33回読売女流書法展」(読売新聞社主催、文化庁など後援)が6月27日~7月2日まで、福岡県立美術館(福岡市中央区天神)で開かれます。
現在、漢字、かな、篆刻の3部門で作品を募集中です。締め切りは4月4日(火)必着。
毎年1400点ほどの出品がある西日本屈指の女流書道展です。
審査は、読売書法会顧問の杭迫柏樹先生を選考委員長に、九州・山口・沖縄地区の読売書法会役員によって行われ、最高賞である文部科学大臣賞をはじめ、読売女流大賞などの各賞の作品を決定します。
展覧会では公募の入選以上に選ばれた作品と役員作品を展示します。
また、関連催事として「第24回九州・山口女流代表書作家展」も同時開催。こちらは読売女流書法展をはじめ日展、読売書法展などで実績を積んだ女流書家の選抜展となります。
(https://yomiuri-shohokai.com/news/17.html)
との告知を見ることができます。
こちらも九州地域での開催でしたが、出品者の地域が限定されていたわけではなく、ただ「女性」であることが応募の条件だったことが分かります。
また、公募ではありませんが、毎年早春に、東京・日本橋高島屋S.C.本館8階ホールで開催の現代女流書展もよく知られています。
現代女流書展
主催 毎日新聞社
後援 毎日書道会

(2026年2月26日〜3月2日)
写真提供:書道雑誌『墨』
現代女流書展は、1970(昭和45)年にはじまり、本年で第57回を迎えました。
毎日新聞社のHPには、
「現代女流書展」は、1970(昭和45)年にスタートして以来、熊谷恒子さんや森田竹華さん、小山やす子さんをはじめ、長年にわたって第一線で活躍する女性書家の作品を紹介し、今年、第57回を迎えました。漢字、かな、近代詩文書、大字書、篆刻、刻字、前衛書の各部門を代表する作家と本展顧問の最新作を紹介します。また、2025(令和7)年に、第76回毎日書道展グランプリの会員賞を受賞した作家を招いた「現代女流書新進作家展」を同時開催します。
(https://www.mainichi.co.jp/event/culture/20260213.html)
とあります。公募ではなく、毎日書道展に関係する女流書家の選抜展です。
同展は、皇族の御臨席もあり、文化的権威を持つ展覧会へ発展してきました。特に今年は、愛子内親王殿下が御来臨され、鑑賞されたことが話題になりました。
新聞社の主催とは別に、一般社団法人 書芸文化院が主催する連合書道展の特別企画として、関東女流書展が毎年初秋に東京都美術館で開催されており、本年は40回展にあたります。対象は「一般社団法人 書芸文化院理事会および同展実行委員会で推挙された関東を中心に活躍している女流書家」とあります。
その他にも、佐賀県女流書展(本年32回展、佐賀玉屋での新春恒例行事)や、栃木県書道連盟女流展などの開催がネット上で確認できます。
女流展の背景
ところで、女流展はありながら、男流展がないのは、前述 読売書法会HP(2017年3月1日記事)の記述「女流書家の活躍の場を広げることを目的とした」に端的に表れていると思われます。男性中心の社会が長く続き、女性の地位向上と活躍の場を広げることが、女流展の大きなな目的であったことは確かでしょう。それぞれの母体である毎日書道展や読売書法展などの幹部、そして審査員は男性が多くを占め、その不均衡解消の一法でもあったのでしょう。
戦後しばらくまで書壇の中心は男性が占め、書道団体の運営・審査・展覧会の主導権も男性が握っていました。このため、女性が評価される機会が限られていたことが、「女流展」をわざわざ開催した理由と考えられます。
1960〜70年代、いわゆる高度経済成長期には生活に余裕が生まれ、女性の書道人口が急増しました。書道教室の指導者は女性が多数を占め、文化活動としての書道が女性に広く浸透していきました。しかし、男性中心の書壇の中での活動でしたので、女性が自由に出品し、互いに励まし合える場が求められ、その流れの中で「女流展」が誕生したというのが、女流展開催の背景です。
と同時に、大公募展を支えている過半は女性で、組織力強化のためには女性を特別に優遇する経営戦略があったことも見逃せません。さらには、書道用具業者、表具・搬出入業者の安定的な経営確保、そして出品者を指導する書家側の収入増加も期待されたはずです。女流展の開催には、種々のメリットも含まれていたのでしょう。
現代女流書展に会場を提供している日本橋高島屋からすれば、女性グループの参観で最上階まで上がってもらい、参観後には店内で食事やお茶をし、衣類や装身具、化粧品の購入を期待し、ついでに夕食も地下で買って帰ってもらう算盤勘定がなかったはずはありません。
質問をいただいた男子高校生の素朴な不満は、長く続いた男性優位の社会を是正するために、女性に活躍の場を与えることを目的としたことの裏返しのようなものと思われます。過去にいい思いをした男たちの負債を、現在の男性が背負わされているという皮肉な社会現象を産みだしているとも言えます。
現代では、女性書家の数が圧倒的に多く、大規模公募展でも女性受賞者が増加しています。したがって、「女流展は今もまだ必要か?」という議論もおこってくるでしょう。また、この10年前後の性認識の変化が、今後大きく「女流展」のありように影響を与えてくることも予想されます。
性認識の変化
男と女、まるで昭和の歌謡曲の定番ですが、すでにそれは過去のものとなり、現在の性に対する考え方とは相容れないものであるのもご承知の通りです。
出生時に与えられた身体的=戸籍上の性と、性自認との違いに悩む人(トランスジェンダー)が一定割合いて、その人たちが苦しむことなく、安心して生きていける社会の構築が、近年進んできました。法の考え方からすれば、日本国憲法が保障する基本的人権の尊重、つまり「生きる権利」の尊重です。2004年施行の「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」は、その象徴的なものといってもよいでしょう。
わたしが勤務する大学では、10年ちかく前に履修者名簿(出席簿)の性別欄が廃止されました。また、新年度にむけて人事部から送られてくる書類には、学生の性に関する教員注意事項の冊子が毎年同封されています。そこには例えば、
・一律に男子学生には「君」、女子学生には「さん」付けで呼ぶこと
・発表などのグループ別けで、「男女比が同じになるように」と指示すること
・教員が、「はい、そこの後ろの男子」と外見上で判断して呼ぶこと
などが、一部の学生にとっては苦痛な学生生活を強いることになっている事例として紹介されています。
トランスジェンダーにとっても等しく生きやすい、学びやすい環境整備を心掛けることが大学の責務であり、教員にもそれが求められています。すべての人に生きる権利があり、それが尊重されなくてはならないからです。
ところで、この性自認と混同されやすいのが、性的欲求です。性的欲求も、肉体的欲求と恋愛感情の欲求は別もので、それぞれにその対象が異性であるか、同性であるか、あるいは両性であるかも、それぞれに異なります。またそれらとは別に、特定の性への自認がない、あるいは自己の性をどちらかにしようとは思わない、さらには性的欲求そのものが存在しないという分類も、その冊子では説明されています。
いずれにせよ、性自認や性的欲求がどうであれ、少数者であっても生きやすい社会であることが求められています。どのような人でも、生きる権利が尊重されなければなりません。これが日本社会の目指している方向なのです。
そのため、このような社会的努力の中で育った若年世代と、旧来の価値観に修正を加えることができず、自分の価値観しか認めようとしない高齢者世代とのギャップも、社会問題として顕在化しています。
話題を女流展の問題に戻すなら、身体的=戸籍上の性と、性の自認は別問題ですから、出品規定に「女性に限る」とある点が今後問題化してくることは、十分に予想されます。また主催者の責任が厳しく問われる事態も想定されます。
社会の性に対する認識の変化をふまえ、今後 展覧会開催の方向性を探る必要が出てくるでしょう。ましてや、一任意団体の主催ならまだしも、全国紙が主催する展覧会では、性によって応募が限定されるというのが批判の対象となるのは、時間の問題かもしれません。
さらに現代女流書展のように、毎年 皇族方の御臨席を仰いでいる展覧会は、さらに批判の矛先になる懸念は捨てきれません。主催者側の入念な運営方針の議論が待たれるところです。
今後のあり方
ただし、女流展そのものが悪なのではありません。
性的弱者への配慮を欠き、性によって出品が限定されることが課題なのです。男女平等の視点から女流展が問題化しても、それを上まわるだけの必然的な理由があるなら、社会からは認められるはずです。これまで女流展が女性の地位向上に果たしてきた役割は、その大きなポイントとなることでしょう。
参考例ですが、特定の宗教への公金支出が憲法違反であるのはご存じの通りです。ところが実際には宗教系の私立学校へも私学助成金は交付されています。これは、私学助成金が交付されなかった場合、私立学校の授業料は現行と比較して相応に高くならざるを得ないからです。高額な授業料が原因で、私立学校への入学を断念せざるを得ない場合、つまり学ぶ権利の阻害が生じます。よって解釈の問題として、宗教への公金支出禁止と、基本的人権の尊重とを秤にかけ、後者を重視するという解釈で、宗教系の私立学校へも私学助成金の交付はなされているのです。
これと同じく、女流展の存在意義をいかに理路整然と説明できるかどうかが、今後の女流展の行方を左右することでしょう。
しかし、それ以上に柔軟な対応としては、書展の名称はそのままでも、「女性に限る」という応募項目を外す方が、合理的な対応かもしれません。問題は名称ではなく、機会の均等が阻害されていなければ良いのです。質問の高校生のように、推薦入試ための実績づくりが性差で阻害されていること自体が問題なのですから、そのあたりを柔軟に運用できるといいですね。
ところで、東京都調布市の桐朋女子高等学校は、桐朋学園大学音楽学部と同じ敷地内にあります。桐朋女子高等学校普通科は女子校ですが、音楽科は男女共学です(通学定期券購入時に混乱がないよう、学生証には「音楽科は男女共学」と記載があると、関係者から聞いたことがあります)。音楽家を目指す者にとって、同じ敷地内にある大学の教授を務める斯界屈指の音楽家から、大学と変わらぬ指導を受けられることの方が魅力で、男子でも女子校に入学することを厭わないわけです。枠組みや名称に拘泥するのは、才能のない人間のさがなのかもしれません。
さて書道も、是非こうあるべきだと考えます。
「女流展だから、女じゃないといけない」とか、「男のくせに女流展に出品するのはおかしい」などとうそぶいているようでは、書道は時代から取り残されます。
看板よりも、中身。優れた書道文化の発展に貢献するなら、なんでもありでいいじゃありませんか。
かつて小池百合子東京都知事が自民党総裁選挙に敗れたときには、「ガラスの天井」という言葉が流布しました。ところが昨年、高市早苗首相が誕生しましたが、「女性初」などという報道にはあまり接することがありませんでした。20年もたたないうちに、時代は刻々と変化し、女性が総理大臣を務めることに対し、日本国民にはもはやなんの違和感もなくなっていたのです。
かつて書道の団体の幹部といえば、なぜか鼈甲のメガネをかけた「爺さん」ばかりが並んでいたものです。が、いまや全国組織の団体でも、書道芸術院理事長は下谷洋子さん、日本書芸院理事長は土橋靖子さん、白峰社理事長は河邉久美子さん……。それに続く役員も、女性がたくさん活躍しています。
もちろん、女性であることがいいのではありません。男性か女性かが問題にならないことが大事なのです。
質問をくださった男子高校生さん。女流、男流より、貴方自身の向上こそが、これから一番大事なことです。是非そのことをふまえ、今後のご精進をお祈りしたいと思います。
財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。
『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、
『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。
NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、
今もYouTubeで視聴できる。
団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。
財前 謙(ざいぜん・けん)
1963年、大分県生まれ。第1回「墨」評論賞大賞。白川静漢字教育賞特別賞。『日本の金石文』(芸術新聞社)、『手書きのための漢字字典(第二版)』(明治書院)、『字体のはなし ― 超「漢字論」』(明治書院) 等の著書がある。NHKラジオ「私の日本語辞典」〈漢字の字体を考える〉全4回(2020年11月放送)は、今もYouTubeで視聴できる。団体に所属せず個人で活動を続ける。長年、早稲田大学で非常勤講師も務めている。