今月の名品 vol.44 敦煌出土 六朝写経

敦煌出土 六朝写経
(全体)

敦煌出土 六朝写経
北凉時代(397~460年)

文/伊藤 滋(木雞室)

 19世紀末から20世紀の初頭にかけて、敦煌を始めとして西域地方から顆しい量の墨跡の文書が発見された。最初の頃、その多くは海外に流出した。書法研究の分野でも西域や敦煌出土の木簡や残紙、写経などの古い書法に目を向け始めた。日本でも大谷探検隊などが将来した珍しい墨跡資料が、『談書会誌』などにコロタイプの写真版で紹介された。千数百年前の書法の真跡資料であり、書壇に与えた影響は大きなものであった。
 ここに示した二紙分の写経は、北凉体と称されている非常に珍しい書風である。北凉は、西凉とともに五胡十六国の一であり、西域に栄えた国であり、その国の年号を記した写経に共通する書風である。楷書成立前の、隷書の筆法を帯びた書風である。この種の独特の書風を具した写経を「北凉体」または「西凉体」と称している。
 今回取り上げた二紙分の写経も「北凉体」に属する。文字の大きさも変化があり、所々に行書風の筆勢を示す。謹厳な趣の写経とは異なる。また右横に小さな三点を付した文字を所々にみることができる。書き間違えたことを示すものであろうか。天平時代や唐時代の謹厳な整斉とした写経を見慣れたものには、やや意外に感じられるかもしれない。しかし実に伸びやかで筆勢や字形などに引きつけられる。
 現在では、多くの敦煌文献が紹介され、各種の書籍で、千数百年前の書を見ることができる。しかし、こうした資料の原件の市中に流通するものは稀である。しかし戦前には敦煌・西域関係の資料が、日本に将来されていたが、戦後、敦煌学の第一人者とされた藤枝晃が、戦前、日本にもたらされ市中に流通している写経等に関して、大部分が後世の人の手になるものであるとの見解を示された。こうした見解の一端は、京都国立博物館所蔵の守屋コレクションの西域敦煌出土写経等の時代表記に見ることができる。しかし近年は、学会でもこの藤枝説は見直され、日本に戦前将来されたこうした敦煌・西域関係の資料が想像を超える価格で取引され、中国に回流している。

小さな三点を付した文字が所々に

◉資料提供/光和書房

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次