今月の名品 vol.30 上田桑鳩「飄」

上田桑鳩「飄」
70×130 cm

上田桑鳩「飄」
昭和時代

文/赤池艸硲(奎星会理事長)

 作者の上田桑鳩のことや、前衛書のことを語ろうとすると、必ず昭和26年の第7回日展出品作「愛」が登場する。「品」という大きな字を青墨の淡墨で制作し、題名を「愛」と付けた作品である。
 今日では何でもない普通のことだが、作品の題名の付け方と、うす墨で書いた字は縁起が悪いと忌み嫌っていた当時の日展の書の部門の当局者にとって、桑鳩のこの作品の表現はとんでもないことであった。
 芸術の表現は自由、と一貫した桑鳩の主張は日展側との間に軋轢を生み、昭和30年、遂に桑鳩は日展を脱退した。作品「愛」は日展脱退の端緒となったのである。
 日展離脱直後からの昭和30年代以降、10年余が桑鳩作品の晩年期である。この時代の作品には全て柔鳩の創造への飽くなき追求の念を感じるのである。桑鳩は昭和31年の第一次奎星アメリカ巡回展を皮切りに会の事業として海外展を積極的に開催して行く。書を国際的な芸術に高める意図があったのだと思う。その為か、この頃の作品には文字の少ない作品が多い。そして文字を素材としながら絵画的情感を込めた作品の可能性を試み、用具についても筆だけでなく藁筆、すすきの筆、刷毛等を使った作品もあり、多様で大胆な実験を行いながら制作を続けている。

 掲載の作品「飄」をみてみよう。作品はかなり型破りの大胆な構成である。重心を低くして左右に余白を取り、その余白が響き合って空間を充実させている。風に吹かれてものが舞い上がる意の「飄」1字を素材とし、心に浮かんだ情景から淡墨の滲んだ線で奥行きを持たせた、文字性の前衛書である。
 制作年代は不明だが、書風の近似から今和5年1月に銀座の永井画廊に展示されていた昭和36年に制作された桑鳩の作品が思い浮かんだ。サンパウロ・ビエンナーレに特別出品した「春風」と同時作の「竹影」である。作品3点は共に藁筆を使用、紙の大きさも全紙で同じ横の作品である。落款の印も同じで、「桑鳩」2文字の白文印である。
 このようなことから作品「飄」の制作年代を昭和36年前後と推定した。当らずと雖も遠からずで、それほど見当は外れていないと思っている。

◉資料提供/光和書房

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