「和の書」つれづれ語り 【松﨑コレクション編】 文/髙橋利郎 第3回 烏丸切

成田山書道美術館学芸員として書にまつわる数多くの企画展を開催してきた髙橋利郎氏が、様々な日本の書をご紹介する連載です。
第一弾として、成田山書道美術館に寄贈され、2018年その全貌が美術館で展示された「松﨑コレクション」より古筆と古写経の名品を12回にわたり取り上げていきます。

※松﨑コレクションに関する内容は第1回【はじめに】と成田山書道美術館の下記サイトをご参照ください。
成田山書道美術館 松﨑コレクション https://www.naritashodo.jp/?p=10232

第3回 烏丸切 後撰和歌集

 松﨑コレクションの古筆や古写経を扱うにつけて、その書もさることながら、平安時代の料紙の美しさには見惚れてしまう。染色を基本に、金銀箔装飾や唐紙、下絵など、さまざまな技法が床しく用いられ、華やかだが過剰でないその雅の感覚にはつくづく感心する。時代とともに日本人の美意識も変化してきたことは言うまでもないが、日本の文字文化のひとつの頂点がこの時代にあるであろうことは疑うべくもない。料紙装飾は、貴族のあいだに交わされる贈答用の手本、すなわち調度手本の制作に盛んに用いられ、「平家納経」や「久能寺経」といった絢爛豪華な結縁経の流行とも相俟って、12世紀に最盛期を迎えた。

 今回は華やかな装飾が施されている「烏丸切」を紹介したい。
 『後撰和歌集』春歌の写本で、12世紀初めころに書写されたものと考えられている。「烏丸」の名は江戸時代初期の公卿で、歌人であり能書としても名高い烏丸光廣(1579-1638)が旧蔵していたからだという。光廣は古筆の鑑定にも長じ、古筆家にその手法を伝えた人物でもある。

 「烏丸切」の料紙には飛雲紙が用いられ、全面にまんべんなく金銀の揉箔が撒かれている。飛雲紙は平安時代後期にのみ用いられた料紙で、他の時代には見られないものである。女手がすっかり確立された11世紀中ごろまでに出現し、平安時代の終焉とともに失われていったのである。藍と紫に染め分けた繊維を地紙に部分的に配するのだが、初期の飛雲は茫洋として大らかに空を漂う様で、時代が降るとともに小さく色も濃くなってギュッと凝縮される。

 「烏丸切」の飛雲は小さいながらも、空を漂うことは雲のごとくである。揉箔はさながら花吹雪を連想させ、この調度手本を贈られた人物の賀を象徴しているようでもある。極札には藤原行成筆とあるが、もちろんその手に成るものではない。しかし同時代の古筆に比して書きぶりは平明で、「高野切」や「関戸本古今集」といった王道の仮名の系譜に位置付けられるものだろう。

伝藤原行成筆 烏丸切 後撰和歌集
紙本墨書 一幅
平安時代 12世紀

烏丸切(松﨑コレクション)
20.7×17.2
極札

◉所蔵/成田山書道美術館

文/髙橋利郎(たかはし・としろう)
大東文化大学教授。成田山書道美術館非常勤学芸員。専門は日本書道史。主な著書に『近代日本における書への眼差し』(思文閣出版)、『江戸の書画―うつすしごと』(生活の友社)などがある。

※松﨑コレクションの全てを収録した展覧会図録『青鳥居清賞─松﨑コレクションの古筆と古写経』(古筆編・古写経編・解説編の3冊組)を、成田山書道美術館にて販売中。
注文方法などの詳細は成田山書道美術館ホームページの「展覧会図録」をご覧ください。
◉成田山書道美術館ホームページ
 https://www.naritashodo.jp/

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