『書史千字文』全文 原文と現代語訳 第4回 五代から明代まで 〈094〉〜〈126〉

伊藤文生氏(書文化研究会)による
新連載「『書史千字文』を読む」が始まります(2024年2月から連載開始)。
江戸時代に陸島立誠なる人物によって書かれた『書史千字文』は、

中国書道史を千字文にまとめたもの。
連載では、4字1句からなる原文を2句ずつ読み解いていきますが、

連載開始の前に、まずは全体をざっとご紹介。
ウサギの年にちなみ兎も角、読んでみましょう。

伊藤文生氏(書文化研究会)による新連載「『書史千字文』を読む」が始まります(2024年2月から連載開始)。
江戸時代に陸島立誠なる人物によって書かれた『書史千字文』は、中国書道史を千字文にまとめたもの。
連載では、4字1句からなる原文を2句ずつ読み解いていきますが、連載開始の前に、まずは全体をざっとご紹介。
ウサギの年にちなみ兎も角、読んでみましょう。

【十】
五代(907~960)

〈094〉
五代奪攘、藝苑亡荒。
五つの王朝が興亡した時代、芸術の世界は荒れ果てた。

〈095〉
僅住凝式、獨恣翺翔。
かろうじて楊ヨウ凝ギョウ式シキがおり、ひとり自在に活躍した。

【十一】
宋代(960~1127・1127~1279)

〈096〉
施至淳化、閣帖成章。
つづいて淳ジュン化カ(990~994)に至り、『閣カク帖ジョウ』が作成された。

〈097〉
炅搜宏具、著摸酷詳。
趙チョウ炅ケイ(=宋ソウの太タイ宗ソウ)は(法書を)広く捜索して集め、
王オウ著チョによる模刻は非常に詳しい。

〈098〉
跋顯董逌、史見鄭昂。
『広コウ川セン書ショ跋バツ』は董トウ逌ユウ、『書ショ史シ』は鄭テイ昂コウがあらわした。

〈099〉
集古竭歐、餘論罄黃。
『集シュウ古コ録ロク』は欧オウ陽ヨウ脩シュウ、『東トウ観カン餘ヨ論ロン』は黄コウ伯ハク思シがあらわした。

〈100〉
煜造撮襟、緗帙流芳。
李リ煜イクは撮サツ襟キン書ショをつくり、その書は後世に名声を伝えた。

〈101〉
鉉熟蜾匾、鬢髮戴霜。
徐ジョ鉉ゲンは(篆テン書ショの)蜾カ匾ヘンの法に習熟した、
(それは晩年のことで)白髪になっていた。

〈102〉
襄處相應、態格靡量。
蔡サイ襄ジョウは心のままに手が相応ずる境地に至り、
その変化に富む字姿は計り知れない。

〈103〉
芾亂驅驟、痛快弗妨。
米ベイ芾フツは自由奔放であり、その書は痛快きわまりない。

〈104〉
蘇軾洪波、老泉濫觴。
蘇ソ軾ショクの大きな波は、(父の)蘇ソ洵ジュンから始まっている。

〈105〉
魯直壞變、瘞鶴鍊剛。
魯ロ直チョク(=黄コウ庭テイ堅ケン)(の草書)は変化を極め、
(その真行書は)瘞エイ鶴カク銘メイによって鍛えられたものだ。

〈106〉
競琛既翕、京卞鬩牆。
(兄弟能書のうち)徐ジョ競キョウと徐ジョ琛チンとはなかよく、
蔡サイ京ケイと蔡サイ卞ベンとはうちわもめを起こした。

〈107〉
深兮涑水、淨矣滄浪。
涑ソク水スイ先生(=司シ馬バ光コウ)は深く、滄ソウ浪ロウ翁オウ(=蘇ソ舜シュン欽キン)は清らか。

〈108〉
稚圭謹密、介甫慌忙。
稚チ圭ケイ(=韓カン琦キ)は慎重で精密に書き、
介カイ甫ホ(=王オウ安アン石セキ)は慌ただしい(書きぶり)。

〈109〉
劉傚詢驕、朱慣操傷。
劉リュウ共キョウ父フは欧オウ陽ヨウ詢ジュンをならって得意になり、
朱シュ熹キは曹ソウ操ソウをならって傷ついた。

〈110〉
霆與瑗忽、富掃糟糠、
趙チョウ霆テイ・劉リュウ瑗エン・趙チョウ仲チュウ忽コツは、
富裕であるためつまらぬものには目もくれず、

〈111〉
説曁堲讜、飢當糗糧。
呉ゴ説エツと張チョウ即ソク之シおよび陳チン讜トウ(の書)は、
空腹時の干し飯のようなもの。

〈112〉
繆厲貽臭、豈捨此香。
秦シン檜カイは悪臭を伝えているが、(その書の)芳香は捨てがたい。

【十二】
元代(1279~1368)

〈113〉
松雪仕讐、而賞諟臧。
松ショウ雪セツ道ドウ人ジン(=趙チョウ孟モウ頫フ)は
仇敵(元ゲン)に仕えたが、書を善くしたことでは賞賛される。

〈114〉
吾洒俗惡、巴補初創。
吾ゴ丘キュウ衍エンは(篆テン籀チュウから)俗悪を洗い流し、
八パ思ス巴パはパスパ文字を創始した。

〈115〉
巙於遒媚、樞于樣妝、
康コウ里リ巙キ巙キのつよさうつくしさ、鮮セン于ウ枢スウのすがたかたちは、

〈116〉
亞趙承旨、匹鄧南陽。
趙チョウ孟モウ頫フに次ぎ、鄧トウ文ブン原ゲンに匹敵するものである。

【十三】
遼代(916~1125)

〈117〉
隆緒涅隣、遼酋珩璜。
耶ヤ律リツ隆リュウ緒ショ・耶ヤ律リツ涅デツ隣リンは、遼リョウの皇帝として書にもすぐれた。

【十四】
金代(1115~1234)

〈118〉
竹涯錦溪、金狄珪璋。
竹チク涯ガイ(=党トウ懐カイ英エイ)と錦キン渓ケイ(=張チョウ天テン錫シャク)は、
金代のすぐれた書家を代表する。

【十五】
明代(1368~1616・1644)

〈119〉
明時希哲、赫弄焜煌。
明ミンの希キ哲テツ(=祝シュク允イン明メイ)は、あかあかと輝く(ような存在である)。

〈120〉
長洲衡山、兀凌穹蒼。
長チョウ洲シュウの衡コウ山ザン(=文ブン徴チョウ明メイ)は、大空を越えるほどに高くそびえる。

〈121〉
弇州腕鬼、解嘲眼光。
弇エン州シュウ(=王オウ世セイ貞テイ)の腕には
鬼キがいて善く書くことはできなかったが、見る眼は確かだった。

〈122〉
白沙擘窠、致譽帚芒。
白ハク沙サ(=陳チン献ケン章ショウ)の擘ハク窠カの大字は、ほうきで書いて評判となった。

〈123〉
飄肆汝弼、嚴整立綱。
きままな張チョウ弼ヒツと、厳整な姜キョウ立リッ綱コウとがいた。

〈124〉
履吉巧拙、元宰抑揚。
履リ吉キツ(=王オウ寵チョウ)は巧拙、元ゲン宰サイ(=董トウ其キ昌ショウ)は抑揚に特徴がある。

〈125〉
累朝群能、函夏琳琅。
歴代の有能な人材は、中華の珠玉のようだ。

〈126〉
爛粲厥質、美價無彊。
ひかりかがやく天性の、うるわしい価値は無限である。

『書史千字文』版本より
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