「和の書」つれづれ語り 【松﨑コレクション編】 文/髙橋利郎 第1回 関戸本古今集 

成田山書道美術館学芸員として書にまつわる数多くの企画展を開催してきた髙橋利郎氏が、様々な日本の書をご紹介する連載です。
第一弾として、成田山書道美術館に寄贈され、2018年その全貌が美術館で展示された「松﨑コレクション」より古筆と古写経の名品を12回にわたり取り上げていきます。

【はじめに】
松﨑コレクションの古筆と古写経

  松﨑家は埼玉県東松山市にある。幕末に建てられた母屋を現在も構える旧家で、豪農として知られる。松﨑春川(1895-1981)はこの家の当主として、居を青鳥居(せいちょうきょ)と命名、漢詩漢文や英語などの学芸に親しみ、特に書家として知られるところとなった。小野鵞堂門のひとりでもある。
 その嗣子中正は東京教育大学を卒業して高等学校の英語教員となり、校長も務めた。日本山岳会に所属する登山家でもあり、また、教育大では豊道春海や尾上柴舟にも教えを受けている。新制大学となった教育大で高等学校書道教諭の免許を取得した第一号でもある。二代にわたって卓抜した教養人である。

 成田山書道美術館では松﨑父子二代のコレクションの寄贈を受け、特別展を開催した。
 コレクションの内容は、古筆57件、古写経67件、手鑑が2件、それに春川が手がけた「本願寺本三十六人家集」の複製3件である。青鳥居ではおもに春川が古筆を、中正が古写経を蒐集した。古筆手鑑『濱千鳥』には160葉、古写経手鑑『穂高』には79葉の断簡が収められている。古写経には首尾一貫した長巻も多い。こうして数字にしてしまうと実感が湧かないが、写真撮影だけでも丸々3日を要した膨大なコレクションである。古筆や古写経の寄贈としては、平成になって最も大規模なコレクションだろう。

 古筆には「高野切」「関戸本古今集」「石山切」「法輪寺切」などの名物切がずらりと並び、古写経には「色紙金光明最勝王経」「大聖武」「二月堂焼経」「薬師寺経」といった大物が揃っている。
 松﨑春川、中正父子は、これらの古筆や古写経を1点ずつ、思いを込めて入手し、丁寧に調べ、愛玩してきた。このなかにはこれまで紹介されてこなかった名品も少なくない。驚くことにこのコレクションの総体は、成田山書道美術館で開催した「青鳥居清賞―松﨑コレクションの古筆と古写経」展まで知られることはなかった。あくまで松﨑父子の自娯のための蒐集だったのである。

◉松﨑コレクションの概要はこちらもご参照ください
成田山書道美術館 松﨑コレクション
 https://www.naritashodo.jp/?p=10232

第1回 関戸本古今集

 ここに掲載したのは「関戸本古今集」。とても有名な部分なので、臨書したことのある方も多いだろう。「関戸本古今集」は、もとは色変わりの染紙に『古今和歌集』を書写した綴葉装の冊子本。この断簡は薄紫に秋歌を書いている。多くの書籍に掲載されているが、本によってその色が異なっている。図録制作にあたって、現物を横に一生懸命色調の校正をしたのでだいぶ近づいたが、それでも本物を見るほかどうにもならないところが残される。
 11世紀の貴族の悠揚迫らざる香気と、それを静かに愉しんだ松﨑父子の濃密な時間とを宿した1点である。

伝藤原行成筆 関戸本古今集
紙本墨書 一幅
平安時代 11世紀

21.0×17.4

◉所蔵/成田山書道美術館

文/髙橋利郎(たかはし・としろう)
大東文化大学教授。成田山書道美術館非常勤学芸員。専門は日本書道史。主な著書に『近代日本における書への眼差し』(思文閣出版)、『江戸の書画―うつすしごと』(生活の友社)などがある。

※松﨑コレクションの全てを収録した展覧会図録『青鳥居清賞─松﨑コレクションの古筆と古写経』(古筆編・古写経編・解説編の3冊組)を、成田山書道美術館にて販売中。
注文方法などの詳細は成田山書道美術館ホームページの「展覧会図録」をご覧ください。
◉成田山書道美術館ホームページ
 https://www.naritashodo.jp/

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