未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。
インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。
未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。
vol.6 安藤尤京

文/西村修一(書道ジャーナリスト)
現代書の中でも異彩を放つ存在といえる刻字に、以前から興味を持っていた。2026年1月下旬、東京上野の東京都美術館で開かれていた日本刻字展を訪れたのは、最新の潮流を感じとるためだった。そこで出会ったのが、若手作家、安藤尤京の意外に古風な作品だった。
現代の刻字は、戦後一部の篆刻家たちが、方寸の世界の頸木をとき放ち、大きな盤面上で自由な表現を求めて生み出した新しいムーブメントだった。木版などを彫りこむ立体性、着色や箔付けなどの色彩感覚、何より、自ら書いた文字を自ら刻すという「自書自刻」が最大の特長だ。

第5回書縁會展 2017年
225×212
さて、安藤だが、その現代刻字の第一世代でもある渡辺寒鷗に師事した安藤豐邨の次男として、この世に生を受けた。当然のように父親の書道教室で筆を執らされた。小学校1年生のときだった。だが、当時一番やりたかったのはサッカー。「習字はやらされていた感覚」と安藤は振り返る。
転機は高校に入ってから訪れる。サッカーは好きだったが、才能あふれるライバルが多かった。一方、「惰性でつづけていた」という書は、「入選すれば表彰式のある大阪に遊びに行ける」とおもい、全国最大規模の「書の甲子園」(国際高校生選抜書展)に出品した。その作品が入賞してしまった。書との関わりは徐々に深まっていく。
もちろん、この時点では書を生業にしようとは思っていなかった。「中国語を学び、航空関係の職に就きたい」と私大に進学した。途中休学して、山東大学に留学までした。ただ、生来学業にはなかなか身が入らないたちだった。一方で、山東省は書の宝庫で、安藤も希少な石碑、拓本など山ほど目にした。

2024新春展セントラル会場100人展 2024年
35×135
帰国後、復学した大学にはやはりなじめず、足は学業から段々と遠のいていく。暇を持て余して父親の書道教室を手伝った。勧められて応募した毎日書道展に初出品で入賞した。東京での晴れやかな表彰式、大掛かりな展覧会を経験して、「書は多彩だな」と興味を覚えたという。そんなとき父豐邨から「印を刻ってみないか」と誘われた。大学そして就職を辞めるかずいぶん迷ったが、建具師の祖父に「好きなら、退学してやってみろ」といわれ、書業に進むことを決心した。

第25回論古社選抜展 2024年
135×70
相前後して安藤は、中国書学の第一人者だった西林昭一の中国視察旅行に父親の配慮で紛れ込むことができた。20歳そこそこの若気の至りで金髪、半ズボン、サンダル姿で荷物持ち的な軽い気持ちで参加したが、この旅行で2つの縁をつかむことになる。1つ目は、以来長く書友として付き合うことになる先輩格の金子大蔵と知り合えたことだ。金子らがグループ活動していた墨輪会に加わり、多彩な書家仲間を持つようになった。
もう1つは、この旅行では馬王堆の帛書や数々の摩崖石刻などを見たが、関心を持ち始めていた木簡、竹簡の中でも、図録で最も好ましい姿だと思っていた「郭店楚簡」の実物に触れることができたこと。これが最大のお土産だったそうだ。以後、木簡、竹簡をベースに刻字では最もスタンダードな篆書、隷書の古典臨書に励むことになる。

第70回毎日書道展 会員賞受賞作品 2018年
60×225
こうして安藤は、刻字作家の道を歩み始めた。筆者から見て、これまでの安藤の作風は父豐邨の影響を色濃く感じさせるものだった。美しい木目の板を使い、甲骨、金文の文字をベースに曲線を多用する陰刻作品。文字部分はロイヤルブルーや白色が多かった。毎日書道展では2018年に会員賞をとり、審査会員に昇格。日本刻字協会主催の日本刻字展では2025年1月、文部科学大臣賞に輝いた。ここまでは順調な歩みといえるだろう。

第43回日本刻字展 文部科学大臣賞受賞作品 2025年
40×60
ここから先、進路をどちらに向けるのか。安藤は新しい取り組みを考えているという。墨輪会の仲間の作品からは、漢字をはじめ詩文書、少字数書の空間処理の面白さ、潤渇、太細、淡墨など多様な線質の妙味を感じ取ってきた。自らも「侯馬盟書」などあまり刻字作品にされていない題材の研究もしてきた。
「刻字といえども、基本は書」。刻字の基本は篆隷だが、書の鍛錬のため、近年は呉昌碩に始まり、米芾、顔真卿と行草の臨書を重ねてきた。安藤は「古典が匂うような、しかし新しい表現の書をまずは書きたい。それで100点をとれるようになったら、そのうえで120点の刻字作品に昇華させたい」と抱負を語る。そうした作品群による個展もいずれ開きたいそうだが、筆者は待ちきれない気持ちで満たされている。
安藤尤京(あんどう・ゆうけい)
1984年 愛知県豊田市生まれ
2001年 国際高校生選抜書展(書の甲子園) 秀作賞受賞
2008年 鈴木桐山に師事、自詠漢詩を学ぶ
2018年 毎日書道展 刻字部 会員賞受賞
2025年 日本刻字展 文部科学大臣賞受賞
現在、日本刻字協会理事、毎日書道展審査会員、書縁會副理事長・事務局次長、論古社事務局長
◉論古社ホームページ
https://www.ronkosya.com/