シリーズ 新しい風 vol.3 川本大幽

未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。
インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。

未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。

vol.3 川本大幽

川本大幽
川本大幽氏
(近影)

文/西村修一(書道評論家)

 近代詩文書(漢字かな交じり書)の川本大幽氏が2023年に東京で開いた2つの個展が話題になった。まず1月に銀座大黒屋ギャラリーで、11月には竹橋のアートサロン毎日で、それぞれ自身2回目と3回目の個展である。これらの個展で、空間づくりの着想に独特の創造性を感じさせたからだ。

 2つの個展は、いずれも小規模な会場とあって大作は展示しなかった。しかし、メインの作品を引き立てるため、導入部にちょっとした細工をしていたのだ。大黒屋では水平線を思わせる細い線上に額装の小品を規則正しく並べてみせ、アートサロンではグレーの壁紙にいろは歌や落書きを思わせる文字を書き込み、その上に小品を直接貼り付けるなど、会場全体を作品として、その空間演出に現代性、非日常性を感じさせるように努力していたのが見て取れた。

 もちろん、書作品についても、メインの作品は、強い線質の漢字中心の作品から、柔らかなタッチのかな主体の作まで、字粒の大小、潤渇、造形などに細かく配慮しつつも、全体に緊張感のある紙面構成を貫いていた。切れ味のいい作品が多かった。本人は「まだ、いろいろと試している段階」というが、前年踏襲のパターン化された展覧会が多い書壇にあっては、新風を吹かせそうな存在であることは間違いないだろう。

第2回 川本大幽書展会場風景 
2023年1月(銀座大黒屋ギャラリー)
黒線の上に作品を配置
第3回 川本大幽書展会場風景 
2023年11月(竹橋・毎日アートサロン)
グレーの壁紙も川本氏の手によるもの

 その川本氏が書に出会ったのは、5歳のころだった。絵画や書をよくした母、赫汀氏に連れられて習字を始めた。中学1年生の時には木簡に出会う。木簡が持つ枠にとらわれない面白さ、筆さばきの自由さは楽しかったという。周囲に木簡を書く子もいないので、木簡調で書いてみると、学校や地域の賞を次々に獲得し、子供心に優越感に浸ったという。こうなると、書から離れられない。

 中学3年になると、書塾や母の勧めで、中部書壇では近代詩文書の草分け的存在だった野崎幽谷氏の門をたたいた。ここが運命の出会いだったかもしれない。野崎氏は書を「心の叫びを表すもの」として、作品づくりに強烈な熱量を投じる書家として知られていた。

 川本氏は「野崎先生の書は素晴らしいし、書く姿も美しい」と、一気にその魅力に引き込まれたという。そして野崎氏のもとで、基礎をしっかりたたき込まれ、その才能を急速に開花させる。翌年、高校生となってすぐに高野山競書大会で弘法大師賞に輝き、中国旅行に招待された。これを機に「将来は書家になりたい」と志すようになり、さらに高校3年では「書の甲子園」として知られる第1回国際高校生選抜書展(毎日新聞社、毎日書道会共催)で文部大臣賞(当時)を受賞して、その名を全国に知られるようになった。

 ところが、追い風ばかりは吹かない。大学在学中に、師の野崎氏が63歳の若さで急逝したのだ。川本氏は大きなショックを受ける。しかし、次の出会いの場には恵まれた。しばらく兄弟子の原田凍谷氏につくことになる。この原田氏は、野崎イズムに沿って書をアートとして世界に広めようとする先進的な人物だった。モダンな空間演出の個展開催などが評価され、毎日書道顕彰を受賞しているほどだ。川本氏は原田氏のアート志向のセンスを習得する機会を得た。

 こうして、書道人生に磨きをかけてきた川本氏は、2018年に大作中心の初めての個展を開き、若手書家を顕彰する國井誠海賞(2018年)、次いで毎日書道顕彰俊英賞(2022年)に選ばれた。次世代の現代書の担い手の1人として認められたといえるだろう。

第1回 川本大幽書展会場風景 
2018年9月(名古屋・電気文化会館5F西ギャラリー)
「源實朝の歌」
200×700
「白牡丹(北原白秋の詩)」
220×500

 川本氏は、今年50歳の節目を迎える。いま、胸の内には2つの思いが膨らんでいるという。

 書作では「今まで見たことのないような作品をつくりたい」という夢がある。ここまでの書道人生では、古典なら空海の例えば「風信帖」、現代書家なら師である野崎氏や、北の巨人・中野北溟氏の空間づくりに強い刺激を受けてきた。そのうえで、自分は何を創り出していくのか。昨年の個展などで見られたように、まだ「いろいろと試している段階」だが、同じ世代の書家や芸術家と切磋琢磨しながら、答えを求めたいという。


 もう1つの思いは、後進を育てること。自分がそうだったように、若い才能を見い出し、機会を与える役目がそろそろ回ってきたと自覚するようになったそうだ。そうしなければ、せっかく先人たちが発展させ、芸術的にも広く国内外に普及してきた現代の書道を失うことになりかねない。その危機感が年々膨らんでいるという。

 2024年夏には金子大蔵氏と2人展を開くそうだが、その一挙手一投足から目が離せない。

「松尾芭蕉の句」
144×144
(第2回 川本大幽書展)
「会津八一の歌」
144×144
(第2回 川本大幽書展)
「風の通路(竹久夢二の詩)」
78×180
(第2回 川本大幽書展)
「松本たかしの句」 
4枚組の1
(第3回 川本大幽書展)
「松尾芭蕉の句」
4枚組の1
(第3回 川本大幽書展)

川本大幽(かわもと・だいゆう)
現在(2024年5月)、幽玄書道会代表、毎日書道展審査会員、日展入選、墨輪会会員、赫汀書院主宰

◉幽玄書道会(川本大幽代表)ホームページ
 https://yugen-shodokai.jp

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