シリーズ 新しい風 vol.1 金子大蔵

未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。
インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。

未来を見据える目と行動力で、新時代を切り開こうとする50歳世代に焦点を当てた新シリーズ。インタビューを通して、人生100年時代の折り返し地点にあるかれらの過去、現在、そしてあるべき未来像にエールを送る。

vol.1 金子大蔵

金子大蔵氏

文/西村修一(書道評論家)

 2023年夏、金子大蔵氏が毎日書道顕彰俊英賞を受賞した。23年新春の東京銀座を賑わせた「墨輪会有志による同時個展2023」の一員として開いた「第5回金子大蔵書展─幽遠なる日本の書美を求めて─」(2023年1月5日~8日/東京銀座・銀座アートホール)などが評価された。
 金子氏は1973年、東京生まれ。祖父は近現代の詩歌の書を芸術の域に高め、大衆への普及を目指して近代詩文書を提唱した文化勲章受章者の金子鷗亭。父も鷗亭が創設した創玄書道会を継ぎ、書で毎日芸術賞に輝いた金子卓義という書道一家に生を受けた。当然、書の英才教育を受けたと思われがちだが、実はこの道に入ったのはかなり遅かった。
 
幼児の頃から書家を目指したというのではなく、創玄書道会の展覧会のアルバイトをした時に初めて興味を覚えたという。父や門人たちが書について熱く語る様が「とても楽しそうに見えた」。それが高校3年の歳というから、書学や習熟度が必要とされている現代書家としてのスタートは相当に遅れたといえるだろう。
 大学に入り、ようやく卓義のもとで北魏の書などを手習いし始めた。周りには相当の書き手がいる。刺激は受けたが、書家になるつもりはまだなかった。サラリーマンになった。父の勧めや度々の中国旅行で興味を覚え、中国留学を決めた。中国美術史などを学び、国費留学生にも選ばれた。それでも、まだ書で生きるとは思わなかったという。
 ところが、転機が急に訪れる。留学中に油絵画家と開いた二人展で書の心に火がついたというからわからない。甲骨文から詩文書まで様々な作品を書いた。すると「たくさんの人が見てくれ、書に関心を示してくれた」。独特の高揚感。初めての経験だった。
 帰国後、父について競書雑誌を作りながら、すぐに漢字、詩文書を中心に若手を指導する立場にもなった。そして、2006年には30代で初個展となる「シルクロードを巡る旅」を開いた。遅れてきたランナーが必死で自分磨きを始めた瞬間だった。

初個展「シルクロードを巡る旅」の案内ハガキ 2006年
「変」
創玄展 理事長賞 2008年

 金子は以来、ほぼ4年に1度の間隔で個展を開いている。例えば前々回(2014年)は高村光太郎の詩歌の大作に挑んだ。前回(2019年)は鷗亭の遺した言葉を書いた。「安住したら職人。ぶち壊して新しいものを」「古典と呼ばれるものは全てその時代の前衛」。そうした鷗亭の教えを戒めとして作品作りを進めた。選択と集中。遅れてきたランナーらしく、毎回テーマを絞って、一歩でも前に進もうとしているように見える。

第2回金子大蔵書展 2010年
(池袋・東京芸術劇場 5階)
第3回金子大蔵書展 2014年
(池袋・東京芸術劇場 5階)
第4回金子大蔵書展─鷗亭先生のことばを書く─ 2019年
(五反田・東京デザインセンター ガレリアホール)

 毎日書道顕彰俊英賞の対象となった2023年春の個展では、料紙にすべて箔押しを使い、正岡子規や斎藤茂吉ら近現代の詩歌を中心に、書の伝統表現に挑戦していた。創玄では多く見られる激しい構成ではなく、字粒をそろえて、どちらかといえばかな作品に近い優しい表現の作品が多かった。遊び心であろう。プロ野球のヤクルトファンらしく、村上選手応援歌やツバメの作品が並ぶのは御愛嬌として、箔への墨の載りがもっと強ければ、作品の立体感、文字の存在感が強く見えたのではないだろうか。

「芭蕉句」
180×360
第5回金子大蔵書展─幽遠なる日本の書美を求めて─ 2023年
(*以下「水原秋桜子句」まで同展の出品作)
「正岡子規句」
205×100
「佐藤春夫詩」
140×42
「与謝野晶子歌」
140×42
「水原秋桜子句」
140×42

 さて金子は、こうして詩文書にかなを近づける試みをしてみせた。その心を毎日新聞のインタビューで「家に飾りたい書というものを考えたとき、日本のかなの伝統に行き当たります。かなを近代詩文書に近づける試みに挑んでいきたい。祖父や父とは異なる世界を創造したい。死ぬまでの大きな課題だと思っています」と明かした。
 もうひとつ、金子には夢があるという。それが2023年春の同時個展の仲間と見る夢だ。初個展と同じ2006年秋、会派を超えた当時40歳以下の書人22人で「墨輪会」を結成した。書展を開き、書の魅力を訴える様々なイベントを全国各地で開いてきた。書道のすそ野を広げ、日本文化のひとつとして羽ばたく一助になろうという夢だ。大谷翔平選手ではないが、残された時間は永遠ではない。書家として、グループとして、ふたつの夢をどう追い求めるのか。これからの一挙手一投足を見守っていきたい。

「中尊寺」
改組新 第5回日展 特選 2018年
「河東碧梧桐句」
第10回日展 2023年

◉玉燕書道会(代表・金子大蔵)ホームページ
 https://gyokuen-sho.jimdofree.com/

  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次